絶対にいいものを提供するぞ!という
抑えきれない気持ちがあること
プロセス(積み重ねる毎日)を楽しむ、ことにも通じる。
それは、商品やお客さんへの愛、でもある。
2008年04月30日
2008年04月29日
創造企業事例に学ぶこと(ディスカスメモ)
先日、ある教授と、企業内の創造活動についてディスカッションを行った。
イノベーティブな活動が、組織内でうまく展開されるにはいくつかの方法がある。
例として次の方法がある(まだ、網羅的ではない)
方法1:隔離する
(例:社外ベンチャー化、遠くにオフィスを作る)
方法2:認めて優先権を与える
(例:社長直轄プロジェクト、人材やリソースを引っ張ってくる大きな裁量)
方法3:アンダー・ザ・デスク
(インフォーマルで初めて成果にする、そしてフォーマルにする)
個人・チームとそれを取り巻くもの(組織)の関係での示唆
「賛同者(特に組織トップ)からの協力を得て
非賛同者の声は雛のうちに入ってこないようにする」スタイル
IDEO事例に学ぶ
「現場を見て、アイデアの源泉を見つけて、スピーディに形にする」
ディスカスの派生メモ
「スピーディに」
→自分たちのことを自分たちで決められる
→気楽に動ける環境
では、これを妨げているものは?
それを考えることに大きなヒントが。
イノベーティブな活動が、組織内でうまく展開されるにはいくつかの方法がある。
例として次の方法がある(まだ、網羅的ではない)
方法1:隔離する
(例:社外ベンチャー化、遠くにオフィスを作る)
方法2:認めて優先権を与える
(例:社長直轄プロジェクト、人材やリソースを引っ張ってくる大きな裁量)
方法3:アンダー・ザ・デスク
(インフォーマルで初めて成果にする、そしてフォーマルにする)
個人・チームとそれを取り巻くもの(組織)の関係での示唆
「賛同者(特に組織トップ)からの協力を得て
非賛同者の声は雛のうちに入ってこないようにする」スタイル
IDEO事例に学ぶ
「現場を見て、アイデアの源泉を見つけて、スピーディに形にする」
ディスカスの派生メモ
「スピーディに」
→自分たちのことを自分たちで決められる
→気楽に動ける環境
では、これを妨げているものは?
それを考えることに大きなヒントが。
2008年04月28日
80倍の拡大率と、毎日12人。
私の個人ブログでSCAMPERの記事について
ブログで書いたものは6つのはてブがついている。
ITmediaの記事は、より表現の洗練や出典調査などを
記したことの違いはある(決してそれは小さくないだろう)が
はてブは、1/4ページ、2/4ページ合わせて500をこえた。
500/6≒83
つまり、だいたい、80倍
この数は、(私の場合の)メディア「拡大率」を意味している。
このブログは、創造に関すること、起業家支援のこと、仙台生活のことを書いている。
このブログは、忍者のカウンターでは平均が50〜200/DAY
裏側のブログシステムが示すカウンターは、常にその10倍を示す。
海外からのスパム的アクセスが半分くらいをしめるので、
実質は5倍。(250〜1000)と考えるべきだろう。
この250〜1000回を先の拡大率で単純にかけてみたい。
250×80(=20,000)
〜1000×80(=80,000)
掛け算が単純すぎるので、間違っている可能性を考慮しつつも
これで、大体の規模感を頭に入れることができる。
実際には表示回数ではなく、忍者のカウンターのアルゴリズム
(たぶん、再表示や同じユーザの短時間での繰り返し表示をカット?している)のファクターが「5」であったことを考えると
上記の数字は5で割るべきかもしれない。
つまり4,000〜16,000
規模間の概算としては悪くない数字と思われる。
控えめに見て、前者の4000、くらいがメディア「拡大」アクセス規模として適切ではないだろうか。
開発は千に三つという。
1000のアイデアが実際に製品化にたどりつくのは3つほど。
営業も千に三つという。
アポの電話を1000件して実際の受注にいたるのは3件ほど。
4000という数字に「千に三つ」を適用すると「12」
一日のアクセス読者のうち、12回だけは、そこから「はっとした」
ものを得てなにかを起こしている、という確率の計算になる。
確率どおりであるのか、観測はできない。
しかし、日本のどこかで数人でも誰かが、
私の記事によって、一段あがる、一歩進む、ことができたならば
それは大きなの喜びである。
彼らはその記事のことは「覚えていない」だろう。
発想系のヒントというのは、体になじんでしまえば
正式表現をみなおすことはない。
バットの素振りをおぼえたら、素振りのしかた、を学んだ
記憶は忘却の彼方に行く。頭とはそういうもの。
だが、それでいい。
常に記事は渾身の力をこめて、書いている。
創造的な20年後の社会を、創る仕事をする人を育てるため。
その彼らと、いつかどこかでパートナーとして出会いたい。
ブログで書いたものは6つのはてブがついている。
ITmediaの記事は、より表現の洗練や出典調査などを
記したことの違いはある(決してそれは小さくないだろう)が
はてブは、1/4ページ、2/4ページ合わせて500をこえた。
500/6≒83
つまり、だいたい、80倍
この数は、(私の場合の)メディア「拡大率」を意味している。
このブログは、創造に関すること、起業家支援のこと、仙台生活のことを書いている。
このブログは、忍者のカウンターでは平均が50〜200/DAY
裏側のブログシステムが示すカウンターは、常にその10倍を示す。
海外からのスパム的アクセスが半分くらいをしめるので、
実質は5倍。(250〜1000)と考えるべきだろう。
この250〜1000回を先の拡大率で単純にかけてみたい。
250×80(=20,000)
〜1000×80(=80,000)
掛け算が単純すぎるので、間違っている可能性を考慮しつつも
これで、大体の規模感を頭に入れることができる。
実際には表示回数ではなく、忍者のカウンターのアルゴリズム
(たぶん、再表示や同じユーザの短時間での繰り返し表示をカット?している)のファクターが「5」であったことを考えると
上記の数字は5で割るべきかもしれない。
つまり4,000〜16,000
規模間の概算としては悪くない数字と思われる。
控えめに見て、前者の4000、くらいがメディア「拡大」アクセス規模として適切ではないだろうか。
開発は千に三つという。
1000のアイデアが実際に製品化にたどりつくのは3つほど。
営業も千に三つという。
アポの電話を1000件して実際の受注にいたるのは3件ほど。
4000という数字に「千に三つ」を適用すると「12」
一日のアクセス読者のうち、12回だけは、そこから「はっとした」
ものを得てなにかを起こしている、という確率の計算になる。
確率どおりであるのか、観測はできない。
しかし、日本のどこかで数人でも誰かが、
私の記事によって、一段あがる、一歩進む、ことができたならば
それは大きなの喜びである。
彼らはその記事のことは「覚えていない」だろう。
発想系のヒントというのは、体になじんでしまえば
正式表現をみなおすことはない。
バットの素振りをおぼえたら、素振りのしかた、を学んだ
記憶は忘却の彼方に行く。頭とはそういうもの。
だが、それでいい。
常に記事は渾身の力をこめて、書いている。
創造的な20年後の社会を、創る仕事をする人を育てるため。
その彼らと、いつかどこかでパートナーとして出会いたい。
2008年04月27日
Mebicで行われたKSNのイベントに参加してきました。
大阪駅の近くにあるMebicで開かれたKNS(関西ネットワークシステム)のイベントに参加してきました。産学官の多様な方が次々プレゼンテーションをされました。交流会では、200名近い方が、あちこちでプレゼンの内容やもろもろの話をネタに盛り上がっていました。非常に盛況です、うまくいえませんが、何かを作る、何かを表現する、というマインドがその交流スペースにあふれているようでした。
ここから何かが生まれる、というフレーズがぴったりな感じがしました。
今回は、大阪などでの事業化支援の手法のヒアリングと産学官交流の仕掛け作り、活性化に関する事例観察を目的に来ましたが、私が予想していたよりもはるかに多くのことを得ることができました。
いくつも印象に残る話がありました。詳しくは出張報告などで仙台でもフィードバックしたいと思いますが、ざっと速報的に書いてみます。
印象に残った面白い話は、モノづくりに姿勢をブログで書きづつけた社長さんが署名と「NASAと仕事がしたい」と文末につけていたところ、いろんな話が舞い込んできた、というのは、う〜ん、今の時代らしい面白いヒントだとおもいました。また、ある企業さんからは3S活動について。なるほど、どんどん捨てる。4ランクに分けて。それから重複してもっているものを圧縮する、などなど。明日からでも実践できそうなヒントもありました。
また、adobeAIRでのサービスをリリースされているベンチャーの社長さんのシステムの作り方は優れていると思いました。私のチームで「ブレスターAIR」を3月にリリースしましたが、AIRの日本語対応ではメンバーが非常に苦労をしてきました。彼らはAIRのもつ脆弱な部分をうまく回避する使い方で、なるほど、そういう使い方でならAIRのいいところが引き出せるなあと、感心していました。
KNSでは、この地域の企業支援者のかたがたくさんおいでになり、聞きたかったこと、それを超えた話題、示唆もずいぶんいただきました。
扇町インキュベーションプラザ(所長 堂野さん)
島屋ビジネス・インキュベータ(所長 農本さん)
大阪産業創造館(ナレッジ・フロンティア 長谷川さん)
他、多くの支援機関の方とも情報交換ができました。
大阪の支援の仕方は、ビジネスプロデューサーとして非常にパワフルです。その活動内容はぜひ仙台でも多くの支援者が身につけておきたいものでした。またそのアプライへの重要なヒントもいただきました。(大阪パワーというか、文化、というか、そういうものも含めてヒントをたくさんいただきました。)
また、200人の総参加者のうち98人がプレゼンする。という状態を作る。これは準備も運営も並大抵ではないですね。聞き手もそうですが。これを飽きさせず、時間を狂わせずに複数の部屋で同時並行する、という運営。これは、プレゼンターが心得て、きちんとまもっていることも大きいですね。また、KNSの中心メンバーが「おい、君のしていること、話してくれよ」と声をかけれて準備してきた、という登壇者の方が何人もいました。場が多様な情報、多様なセクターの人がよくブレンドされていくための、運営者側の仕込みが非常に効果的であると感じました。
これらのことはキチンとまとめて、仙台の皆さんに、別途ご報告たいと思います。
では、最後に。
今日の気づきをさっそく使ってみます。署名に気持ちをつける、ですね。
世界中から尊敬される企業が次々と輩出される社会を、20年かけて作りたい。
志し・情熱ある人と一緒に創る仕事がしたい。
石井力重
ここから何かが生まれる、というフレーズがぴったりな感じがしました。
今回は、大阪などでの事業化支援の手法のヒアリングと産学官交流の仕掛け作り、活性化に関する事例観察を目的に来ましたが、私が予想していたよりもはるかに多くのことを得ることができました。
いくつも印象に残る話がありました。詳しくは出張報告などで仙台でもフィードバックしたいと思いますが、ざっと速報的に書いてみます。
印象に残った面白い話は、モノづくりに姿勢をブログで書きづつけた社長さんが署名と「NASAと仕事がしたい」と文末につけていたところ、いろんな話が舞い込んできた、というのは、う〜ん、今の時代らしい面白いヒントだとおもいました。また、ある企業さんからは3S活動について。なるほど、どんどん捨てる。4ランクに分けて。それから重複してもっているものを圧縮する、などなど。明日からでも実践できそうなヒントもありました。
また、adobeAIRでのサービスをリリースされているベンチャーの社長さんのシステムの作り方は優れていると思いました。私のチームで「ブレスターAIR」を3月にリリースしましたが、AIRの日本語対応ではメンバーが非常に苦労をしてきました。彼らはAIRのもつ脆弱な部分をうまく回避する使い方で、なるほど、そういう使い方でならAIRのいいところが引き出せるなあと、感心していました。
KNSでは、この地域の企業支援者のかたがたくさんおいでになり、聞きたかったこと、それを超えた話題、示唆もずいぶんいただきました。
扇町インキュベーションプラザ(所長 堂野さん)
島屋ビジネス・インキュベータ(所長 農本さん)
大阪産業創造館(ナレッジ・フロンティア 長谷川さん)
他、多くの支援機関の方とも情報交換ができました。
大阪の支援の仕方は、ビジネスプロデューサーとして非常にパワフルです。その活動内容はぜひ仙台でも多くの支援者が身につけておきたいものでした。またそのアプライへの重要なヒントもいただきました。(大阪パワーというか、文化、というか、そういうものも含めてヒントをたくさんいただきました。)
また、200人の総参加者のうち98人がプレゼンする。という状態を作る。これは準備も運営も並大抵ではないですね。聞き手もそうですが。これを飽きさせず、時間を狂わせずに複数の部屋で同時並行する、という運営。これは、プレゼンターが心得て、きちんとまもっていることも大きいですね。また、KNSの中心メンバーが「おい、君のしていること、話してくれよ」と声をかけれて準備してきた、という登壇者の方が何人もいました。場が多様な情報、多様なセクターの人がよくブレンドされていくための、運営者側の仕込みが非常に効果的であると感じました。
これらのことはキチンとまとめて、仙台の皆さんに、別途ご報告たいと思います。
では、最後に。
今日の気づきをさっそく使ってみます。署名に気持ちをつける、ですね。
世界中から尊敬される企業が次々と輩出される社会を、20年かけて作りたい。
志し・情熱ある人と一緒に創る仕事がしたい。
石井力重
2008年04月26日
立席(新幹線)の7つの良いところ
これから、はやてにのります。たちせき、で。
せっかくなので、立席を楽しむために、「立席のいいところ」を7個発見してみようとおもいます。
いってきます。
〜14時間後〜
大阪に、用事済んで、ログインできる所に着きました。
では早速、発見した「立席のいいところ」をば。
1.すずしい
狭い人のぎっしり空間で汗かく人にはいいでしょう。
2.うるさくしていい
音の出る作業をするには持ってこい。紙を破るとかゲームとか。
3.寝てしまわない
たったままなので、かなり眠くても、眠りには落ちません。
ひろい
4.消火器がすぐ近くにある
万が一の列車火災の際には、自分の身が守れるかも(?)
5.PCを意味もなく立ち上げたりしない
机がないですからね。読書をしたいのにPCでなんかしちゃう人には最適。
6.一番で降りれる
なにせ出口に2時間前から立ってますからね。
7.電話にすぐ出られる
これは実用的。車両で迷惑になってあせって席を立つ時間がセーブできます。
そんなこんなで、仙台から東京への95分はあっという間(?)につきました。
・・・いえ、本当は、すごく辛かったです。。。そのあと、新大阪行きの”のぞみ”の3人がけシート(それも真ん中)が、狭いどころか「ああ、席があるだけで、もう、いいな」と妙に謙虚なレベルに幸せを感じられるようになったこと、これが、最大のいいところかもしれません。
せっかくなので、立席を楽しむために、「立席のいいところ」を7個発見してみようとおもいます。
いってきます。
〜14時間後〜
大阪に、用事済んで、ログインできる所に着きました。
では早速、発見した「立席のいいところ」をば。
1.すずしい
狭い人のぎっしり空間で汗かく人にはいいでしょう。
2.うるさくしていい
音の出る作業をするには持ってこい。紙を破るとかゲームとか。
3.寝てしまわない
たったままなので、かなり眠くても、眠りには落ちません。
ひろい
4.消火器がすぐ近くにある
万が一の列車火災の際には、自分の身が守れるかも(?)
5.PCを意味もなく立ち上げたりしない
机がないですからね。読書をしたいのにPCでなんかしちゃう人には最適。
6.一番で降りれる
なにせ出口に2時間前から立ってますからね。
7.電話にすぐ出られる
これは実用的。車両で迷惑になってあせって席を立つ時間がセーブできます。
そんなこんなで、仙台から東京への95分はあっという間(?)につきました。
・・・いえ、本当は、すごく辛かったです。。。そのあと、新大阪行きの”のぞみ”の3人がけシート(それも真ん中)が、狭いどころか「ああ、席があるだけで、もう、いいな」と妙に謙虚なレベルに幸せを感じられるようになったこと、これが、最大のいいところかもしれません。
2008年04月25日
どう、説明すると、認知されるべき内容に近いのか
先日、貴重な機会があって、「ブレスターは、どう、説明すると、認知されるべき内容に近いのか」を知ることができました。
オリジナルの発言を元に、統合・調整するとこうまとめられました。
ユーザにどう認識されるのか、その言葉でモノを説明するというのは、認知上、もっとも伝わりやすい方法だと思います。この表現がブレスターの内容を表しているのだ、としって、私は新鮮でした。
このアイテムとはこういうものだったのか、と分かりました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
大きなテーマに対して、4人程度のグループにわかれ、
それぞれ役割に添ってアイディアを出して行くゲーム。
一人一人の発言に時間制限があり、その制限内で発言し、
次の人へとまわして行く。
役割プラス、発言個数や発言の内容に関するカードに添って
発言することになる。
順番に発言して行く中で言葉に詰まったらパスもできる。
最終的にカードの少ない人の勝ち。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私には新鮮な出来事でした。
オリジナルの発言を元に、統合・調整するとこうまとめられました。
ユーザにどう認識されるのか、その言葉でモノを説明するというのは、認知上、もっとも伝わりやすい方法だと思います。この表現がブレスターの内容を表しているのだ、としって、私は新鮮でした。
このアイテムとはこういうものだったのか、と分かりました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
大きなテーマに対して、4人程度のグループにわかれ、
それぞれ役割に添ってアイディアを出して行くゲーム。
一人一人の発言に時間制限があり、その制限内で発言し、
次の人へとまわして行く。
役割プラス、発言個数や発言の内容に関するカードに添って
発言することになる。
順番に発言して行く中で言葉に詰まったらパスもできる。
最終的にカードの少ない人の勝ち。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私には新鮮な出来事でした。
2008年04月24日
智慧カードとTRIZに関するスライドを作っていました。
この夏に、100人近くのエンジニアの方に、TRIZと智慧カードを使っていただく機会をいただきました。
創造的な人や組織が次々でてくる未来を目指して、全力で取り組んでいました。難しくないように、しかし、本質は確実に芯でとらえるような、コンテンツを目指しました。
私のスライドは「すごく簡単なことだけを言っている」ようにみえることを目指しています。しっかり「専門用語と難しい概念を頭に入れる」というトーンの情報伝達はできるだけ、避けたいと。
日々を楽しむために人は生きていて、今を楽しむために人生がある。
ならば、知識学習だって、エンターテイメントであってほしいし、楽しく知識習得するのと、楽しくない知識習得をするのだったら、前者のほうが記憶の定着や、活動へのモチベーション・エネルギーが全然ちがいます。楽しく学んだものは楽しく使い、苦痛の末に手に入れた知識は、眉間にしわ寄せて実施したくなる。
抜けるような青空の下で、鼻歌でも歌いながら、楽しんでいるうちに本物の知識を学ぶ。そんな環境があったら素敵ですね。
そのレベルは、私が今、できるわけじゃありませんが、そこに辿り着く方向を、いつも自分が向いていてほしいと思います。「自分の子供を学ばせる環境を自由にデザインできるとしたら?」という問いかけは、シンプルで大きなヒントになります。理想の知識学習系コンテンツを創る際には。
創造的な人や組織が次々でてくる未来を目指して、全力で取り組んでいました。難しくないように、しかし、本質は確実に芯でとらえるような、コンテンツを目指しました。
私のスライドは「すごく簡単なことだけを言っている」ようにみえることを目指しています。しっかり「専門用語と難しい概念を頭に入れる」というトーンの情報伝達はできるだけ、避けたいと。
日々を楽しむために人は生きていて、今を楽しむために人生がある。
ならば、知識学習だって、エンターテイメントであってほしいし、楽しく知識習得するのと、楽しくない知識習得をするのだったら、前者のほうが記憶の定着や、活動へのモチベーション・エネルギーが全然ちがいます。楽しく学んだものは楽しく使い、苦痛の末に手に入れた知識は、眉間にしわ寄せて実施したくなる。
抜けるような青空の下で、鼻歌でも歌いながら、楽しんでいるうちに本物の知識を学ぶ。そんな環境があったら素敵ですね。
そのレベルは、私が今、できるわけじゃありませんが、そこに辿り着く方向を、いつも自分が向いていてほしいと思います。「自分の子供を学ばせる環境を自由にデザインできるとしたら?」という問いかけは、シンプルで大きなヒントになります。理想の知識学習系コンテンツを創る際には。
ベゾス氏のAmazon.comの創業期について
IDEO(「発想する会社」)のP121に、アマゾンの創業期のことがかかれています。創業者のベゾス氏がはりしながら住所も決めずに創業をしていく躍動感がわくわくした息使いで描かれています。
引用(P121~122)
「ごたごたした問題をすっかり解決していたら、そのときにはすでに、インターネットを使わない伝統的な書籍販売業者が巻き返しをはかりはじめていただろう。あなたも次にプロジェクトに着手するときは、小さな新世界のアマゾン式の勢いでエンジンをかけてほしい。答がわからない問題に取り組んでみよう。とりあえずギアを入れてしまえば、驚くほど簡単にソリューションの一部が見えてくるはずだ」
非常に示唆深い、と思います。
充分な時間がある、そして、調べたらわかる部分がある。そういう場合に、それを体当たりで失敗したら、本人も周囲も残念な気持ちになるでしょう。しかし、十分な時間がない、もしくは、調べてもわかりはしないこと、は、すぐやる。やれば、見えてくるのだ、驚くほど簡単に。
同書はそう言っているとおもいます。私もそう思います。動く前の慎重さをあまりに人は状況をこえて適用しすぎる。多くの場合、動かないでいることのリスクの高まりを見ていない。
この引用の前部分で、アマゾン創業者が、引っ越し先も決めずに引越しのトラックを手配し、行き先を告げずにトラックに乗せる、というシーンがあります。通常の段取りからしたら、でたらめ。しかし、市場成長率2300%の世界では数週間がはるかな時間差。その意味でかれは、最高の戦略性でうごいていた、と思います。
引用(P121~122)
「ごたごたした問題をすっかり解決していたら、そのときにはすでに、インターネットを使わない伝統的な書籍販売業者が巻き返しをはかりはじめていただろう。あなたも次にプロジェクトに着手するときは、小さな新世界のアマゾン式の勢いでエンジンをかけてほしい。答がわからない問題に取り組んでみよう。とりあえずギアを入れてしまえば、驚くほど簡単にソリューションの一部が見えてくるはずだ」
非常に示唆深い、と思います。
充分な時間がある、そして、調べたらわかる部分がある。そういう場合に、それを体当たりで失敗したら、本人も周囲も残念な気持ちになるでしょう。しかし、十分な時間がない、もしくは、調べてもわかりはしないこと、は、すぐやる。やれば、見えてくるのだ、驚くほど簡単に。
同書はそう言っているとおもいます。私もそう思います。動く前の慎重さをあまりに人は状況をこえて適用しすぎる。多くの場合、動かないでいることのリスクの高まりを見ていない。
この引用の前部分で、アマゾン創業者が、引っ越し先も決めずに引越しのトラックを手配し、行き先を告げずにトラックに乗せる、というシーンがあります。通常の段取りからしたら、でたらめ。しかし、市場成長率2300%の世界では数週間がはるかな時間差。その意味でかれは、最高の戦略性でうごいていた、と思います。
2008年04月23日
創造学会の某先生から、心躍る即興の特別講義を。
今日はとても重要な話を伺いました。
創造学会のベテランの先生が仙台にいらっしゃいました。ブレスター開発プロジェクトメンバーなどと一緒に昼食を取りつつ、さまざまな話をしました。創造手法の話、ブレスターやそのたの創造ツールに関する可能性の話。
とくに、この先生は、グループ化に関する創造手法を、創始者から直接指導をうけたそうで、その様子や技法についての、本当の所を、詳しく教えていただきました。
簡単に考えていたその手法、実は、非常に非常に、奥が深い。そして、その習ったコツは、どれもなるほどとうなずくことばかり。たくさんメモをとっていました。
東京からある大手メーカの開発系の方もいらしていて、分野や立場を超えて、しばし、先生のミニ講義というか即興の特別講義を、わくわくしながら伺っていました。
心躍る2時間でした。K先生、ありがとうございました。
創造学会のベテランの先生が仙台にいらっしゃいました。ブレスター開発プロジェクトメンバーなどと一緒に昼食を取りつつ、さまざまな話をしました。創造手法の話、ブレスターやそのたの創造ツールに関する可能性の話。
とくに、この先生は、グループ化に関する創造手法を、創始者から直接指導をうけたそうで、その様子や技法についての、本当の所を、詳しく教えていただきました。
簡単に考えていたその手法、実は、非常に非常に、奥が深い。そして、その習ったコツは、どれもなるほどとうなずくことばかり。たくさんメモをとっていました。
東京からある大手メーカの開発系の方もいらしていて、分野や立場を超えて、しばし、先生のミニ講義というか即興の特別講義を、わくわくしながら伺っていました。
心躍る2時間でした。K先生、ありがとうございました。
2008年04月22日
楽をしようだなんて思わないことだ。遠くを見よ
あるスライドを作っていっていました。どうもしっくりいかない、とこか、着心地の悪い服を着ているようでした。なんでだろうと、夕方近くに、一度気分転換してようやくわかりました。過去のものを使ってできるだけ、新しいものを作らないようにしている、仕事を急いでいる、ということが、イライラを引き起こしていました。
仕事は早く進めることをよしとしていますが、しかし、スライドについては、過去のものを使うことは、内容がほとんど一緒の場合(そして、そういうケースはめったにない)のですが、今回は、それを時間の関係上、切り貼りして、調整しようとしていました。
私の教育におけるモットーである「最初に本物を与える」この自分で決めた約束をやぶって効率化しようとしていたのだと気が付きました。
その結果、いらいらして作っては直していました。
結局、ゼロから作り始めましたが、それは非常に快調にすすんでいます。当時とは知識や経験が違う。そのため、過去の表現よりもよりシンプルに、よりエッジのたった知識を持っています。
これも、過去のものを使いたくない(と潜在的にこころがNOをいいつづけた)理由かもしれません。
前にあげた言葉を少し変えて、また、表現したいとおもいます。
「楽をしようだなんて思わないことだ。遠くを見よ。」
20年かけて進みたい場所があります。今日や今週、ちょっとくらい楽してみても、しかたない。たまにしっかり休みをとってみたら、「すこし楽してみようかな」なんて心が芽生えてくるものなんですね。人間というは。
我に返って、楽をしようとしていた自分の考え方が恥ずかしいなぁ、と思いました。目線を上げて、あせらずさぼらず、前に、すすみますかね。
仕事は早く進めることをよしとしていますが、しかし、スライドについては、過去のものを使うことは、内容がほとんど一緒の場合(そして、そういうケースはめったにない)のですが、今回は、それを時間の関係上、切り貼りして、調整しようとしていました。
私の教育におけるモットーである「最初に本物を与える」この自分で決めた約束をやぶって効率化しようとしていたのだと気が付きました。
その結果、いらいらして作っては直していました。
結局、ゼロから作り始めましたが、それは非常に快調にすすんでいます。当時とは知識や経験が違う。そのため、過去の表現よりもよりシンプルに、よりエッジのたった知識を持っています。
これも、過去のものを使いたくない(と潜在的にこころがNOをいいつづけた)理由かもしれません。
前にあげた言葉を少し変えて、また、表現したいとおもいます。
「楽をしようだなんて思わないことだ。遠くを見よ。」
20年かけて進みたい場所があります。今日や今週、ちょっとくらい楽してみても、しかたない。たまにしっかり休みをとってみたら、「すこし楽してみようかな」なんて心が芽生えてくるものなんですね。人間というは。
我に返って、楽をしようとしていた自分の考え方が恥ずかしいなぁ、と思いました。目線を上げて、あせらずさぼらず、前に、すすみますかね。
10分以内に「それ、どうやって実現するか」を思いつく方法
まとめ
1.短時間で40の指示リストを次々見ていく
2.質問を5秒見て、ダメならすぐパス。関係しそうならチェック。どちらの場合もすぐ次へ
3.チェックした項目(1〜4個)で、アイデアを出す
2008年04月21日
頭が保持できるスペースは7つ分だという考え方
頭の中に、一時的に、受け止めておける場所(たぶん、短期的な記憶の場所である気がします)があります。
そのスペースには、7つまでものがおける。そんな感じのようです。人によって、5つとか9つとか多少差があるようです。もっと原始的な生活をしていた時代には、3つくらいだったかもしれません。
この7つのスペースは、覚えるのに使われるのと同時に、考えるためのスペースでもあるようです。机の上の作業台のような感じ。なので、覚えておくことが、3つ4つあると、考えることに費やせる広さは、4とか3くらいしかない。6つくらい覚えておく状態だと、ほとんど、頭のCPUは覚えることに費やされて、いろんな観点で物事を考えることができない状態になります。いわゆる、頭いっぱい、の状態。
思考停止状態にも近いこの状態は非常にストレスも高いと思います。ずっとその状態を保持してかれるのは、とても苦痛なので、その記憶は割と短時間で、ほおっておけば、飛んでしまうように思います。飛んでいかないようにずっと、覚え直しておくと、おぼえられますが、それはどうやら、7つのスペースから、奥の広いスペース(長期記憶のあるエリア?)に置かれるような気がします。
こうなると、また、7つのスペースは使えるので、どんどん物事を考えることができます。
議論やアイデア出しをしている時に、何もメモをとらないと、大体、7つ目くらいに達した時点で、ぼーっと、思考停止の状態が来ます。もしくは、あれ、なんのはなしをしていたっけ?と思いだせない状態が来ます。
確定しにくい物事でも、複数段階の高次ステップを踏んでたどりつく議論であれば、マインドマップなどで「覚えておくべきことを7つのスペースから外に出す」ことを一生懸命、行っていく方がいいでしょう。頭だけで覚え続けると、早く結論に達さないと、相手はだんだんイライラします。あるいは、なんとなくわかった風なかんじになるけれど、あとで論理展開を再現しようとしても、できなくなります。
まとめるとこうです。
1)頭の中の覚える・考える領域は7つくらいしかない
2)能力をシェアしているので、覚えることがたまると、思考力低下する
3)考える領域を広く使うには、繰り返し覚えて奥のほうに入れる(長期記憶にする)か、紙のようなモノに吐き出す(外部の記憶装置に記憶を保持させる)かを、するといい
脳の「記憶・思考のスペースは7つまで」仮説。
これは、体験的なものと、見聞きしたことがまざっているので、一般には正しいかわかりませんが、どうも、そういう構造が人の頭にあるような気がします。
なお、これに加えてもう一つ、あります。
それは、覚えておくことが「概念」である場合は、「もの」である場合よりも、多くのスペースをくう、ということです。
モノ、というわかりやすい具体物は覚えておくのが楽です。一方で概念系のことは、覚えておくのに多くのスペースを使います。へたしたら、1概念を把握し覚えるのに7つを使い切ることもあります。(さらには、7では足りないことも。この場合は、毎日取り組むことで、先の方が長期記憶化することで、新しい学習をしている模様)
なので、人に何か新しいことを伝える時は、相手に手渡す(頭の中の仮置き7スペースに届ける)ことがらを、できるだけ「物体系」のものするほうが、相手の中で受け止めやすいようです。
数学を専攻していたころ、ある先生がおっしゃいました。「記号を作る、というは非常に重要なこと。ある数学操作を記号にする、ただそれだけで、ずいぶん、発展する分野もある」と。それは当時はわかりませんでした。今は少しわかります。数学演算を、単に操作の記号で再構築して、実際の演算の代わりに単に操作の整理を先にして、そのあとに、演算すれば、高度演算はかなり早い。論理学の発達もかなり進む。そういうことだと思います。
ということで、
まとめに一つ加えたいと思います。
4)できるだけ「概念」よりも「もの」をつかった話を心がける、自分のためにも、人のためにも。
そのスペースには、7つまでものがおける。そんな感じのようです。人によって、5つとか9つとか多少差があるようです。もっと原始的な生活をしていた時代には、3つくらいだったかもしれません。
この7つのスペースは、覚えるのに使われるのと同時に、考えるためのスペースでもあるようです。机の上の作業台のような感じ。なので、覚えておくことが、3つ4つあると、考えることに費やせる広さは、4とか3くらいしかない。6つくらい覚えておく状態だと、ほとんど、頭のCPUは覚えることに費やされて、いろんな観点で物事を考えることができない状態になります。いわゆる、頭いっぱい、の状態。
思考停止状態にも近いこの状態は非常にストレスも高いと思います。ずっとその状態を保持してかれるのは、とても苦痛なので、その記憶は割と短時間で、ほおっておけば、飛んでしまうように思います。飛んでいかないようにずっと、覚え直しておくと、おぼえられますが、それはどうやら、7つのスペースから、奥の広いスペース(長期記憶のあるエリア?)に置かれるような気がします。
こうなると、また、7つのスペースは使えるので、どんどん物事を考えることができます。
議論やアイデア出しをしている時に、何もメモをとらないと、大体、7つ目くらいに達した時点で、ぼーっと、思考停止の状態が来ます。もしくは、あれ、なんのはなしをしていたっけ?と思いだせない状態が来ます。
確定しにくい物事でも、複数段階の高次ステップを踏んでたどりつく議論であれば、マインドマップなどで「覚えておくべきことを7つのスペースから外に出す」ことを一生懸命、行っていく方がいいでしょう。頭だけで覚え続けると、早く結論に達さないと、相手はだんだんイライラします。あるいは、なんとなくわかった風なかんじになるけれど、あとで論理展開を再現しようとしても、できなくなります。
まとめるとこうです。
1)頭の中の覚える・考える領域は7つくらいしかない
2)能力をシェアしているので、覚えることがたまると、思考力低下する
3)考える領域を広く使うには、繰り返し覚えて奥のほうに入れる(長期記憶にする)か、紙のようなモノに吐き出す(外部の記憶装置に記憶を保持させる)かを、するといい
脳の「記憶・思考のスペースは7つまで」仮説。
これは、体験的なものと、見聞きしたことがまざっているので、一般には正しいかわかりませんが、どうも、そういう構造が人の頭にあるような気がします。
なお、これに加えてもう一つ、あります。
それは、覚えておくことが「概念」である場合は、「もの」である場合よりも、多くのスペースをくう、ということです。
モノ、というわかりやすい具体物は覚えておくのが楽です。一方で概念系のことは、覚えておくのに多くのスペースを使います。へたしたら、1概念を把握し覚えるのに7つを使い切ることもあります。(さらには、7では足りないことも。この場合は、毎日取り組むことで、先の方が長期記憶化することで、新しい学習をしている模様)
なので、人に何か新しいことを伝える時は、相手に手渡す(頭の中の仮置き7スペースに届ける)ことがらを、できるだけ「物体系」のものするほうが、相手の中で受け止めやすいようです。
数学を専攻していたころ、ある先生がおっしゃいました。「記号を作る、というは非常に重要なこと。ある数学操作を記号にする、ただそれだけで、ずいぶん、発展する分野もある」と。それは当時はわかりませんでした。今は少しわかります。数学演算を、単に操作の記号で再構築して、実際の演算の代わりに単に操作の整理を先にして、そのあとに、演算すれば、高度演算はかなり早い。論理学の発達もかなり進む。そういうことだと思います。
ということで、
まとめに一つ加えたいと思います。
4)できるだけ「概念」よりも「もの」をつかった話を心がける、自分のためにも、人のためにも。
力を蓄えてジャンプする
IDEO(シリコンバレーにあるプロダクトデザイン会社、大変クリエイティブ)の本に出てくる言葉です。
何のこともない普通の言葉のように感じますが、その体験をするとよくわかる気がします。
この週末、土曜日は深夜まで働き、日曜日はノートPCを持って帰らずに過ごしてみました。仙台にいながらPCなし過ごす休日は初めてです。
何度も、メールを見たくなったり、WEBで何か調べようとしたり、文章を書くのにファイルを開こうとしたり。手がPCを求めているのを感じました。
そして、いつもこのタイミングでPCをつかったり、仕事の一部をしたりしているんだなぁと認識しました。
PCがないので、ゆっくり子供たちと遊びました。ぷちぷちとしたプロックをつかってあそんで、下の子が部屋中にまき散らして大騒ぎ。追いかけっことしたり、マットレスのスプリングで跳ねたり。
そのうち、PCがないのもなれて、家族に意識が向かいました。普段もそうしているつもりでしたが、そうじゃなかったんでしょう。
よるも子供たちをお風呂に入れたらば寝かしつけつつ自分も眠ってしまいました。(おかげで10時間くらい寝ました)
寝る直前までPCで仕事をしていると、メールの急ぎの仕事や、次の仕事の仕込みをしながら、力尽きてPCを閉じるので、眠りが浅いのかもしれません。(普段は3時間くらいすると、自然に目が覚めて、起きて即、仕事をしています。)
いままで、口のはたが切れてかさぶたができて治らないでいたのですが、10時間寝て起きたら、かなり良くなっていました。う〜ん、睡眠がいいのかPCレスがいいのかわかりませんが、大幅に体調がよくなったのは事実です。
そうして今日は、朝、起きて、ゆっくり本を読みました(普段は起きればすぐにPCを立ち上げています)。IDEOの本をじっくり読みたいと思いながらも、忙しい日々の中でなかなかできないでいました。朝の時間帯は頭がゼロ情報なので、本を読むのには最適。ずいぶんそのことを忘れていました。
さて、IDEOの本に、タイトルの言葉があります。「力を蓄えてジャンプする」今朝は朝、オフィスに出るまでに、いつもよりも力強く体にエネルギーがあることを感じました。あいさつをする声も、自然としっかりとしたものに。
駆け出したくなるような力がみなぎる。
自分を、そういう状態にすること。それが一番のやり方ではないだろうか。ふとそんな風に思いました。
休む時は休む(ただし、本当にしっかり安心して休むには、仕事を、しがかりにしないで、やりきってから、休む)ことをこれから実践してみようと思います。
少なくとも、早朝の読書は毎日30分、やりたいとおもいました。頭に入る量が全然違いますね。
何のこともない普通の言葉のように感じますが、その体験をするとよくわかる気がします。
この週末、土曜日は深夜まで働き、日曜日はノートPCを持って帰らずに過ごしてみました。仙台にいながらPCなし過ごす休日は初めてです。
何度も、メールを見たくなったり、WEBで何か調べようとしたり、文章を書くのにファイルを開こうとしたり。手がPCを求めているのを感じました。
そして、いつもこのタイミングでPCをつかったり、仕事の一部をしたりしているんだなぁと認識しました。
PCがないので、ゆっくり子供たちと遊びました。ぷちぷちとしたプロックをつかってあそんで、下の子が部屋中にまき散らして大騒ぎ。追いかけっことしたり、マットレスのスプリングで跳ねたり。
そのうち、PCがないのもなれて、家族に意識が向かいました。普段もそうしているつもりでしたが、そうじゃなかったんでしょう。
よるも子供たちをお風呂に入れたらば寝かしつけつつ自分も眠ってしまいました。(おかげで10時間くらい寝ました)
寝る直前までPCで仕事をしていると、メールの急ぎの仕事や、次の仕事の仕込みをしながら、力尽きてPCを閉じるので、眠りが浅いのかもしれません。(普段は3時間くらいすると、自然に目が覚めて、起きて即、仕事をしています。)
いままで、口のはたが切れてかさぶたができて治らないでいたのですが、10時間寝て起きたら、かなり良くなっていました。う〜ん、睡眠がいいのかPCレスがいいのかわかりませんが、大幅に体調がよくなったのは事実です。
そうして今日は、朝、起きて、ゆっくり本を読みました(普段は起きればすぐにPCを立ち上げています)。IDEOの本をじっくり読みたいと思いながらも、忙しい日々の中でなかなかできないでいました。朝の時間帯は頭がゼロ情報なので、本を読むのには最適。ずいぶんそのことを忘れていました。
さて、IDEOの本に、タイトルの言葉があります。「力を蓄えてジャンプする」今朝は朝、オフィスに出るまでに、いつもよりも力強く体にエネルギーがあることを感じました。あいさつをする声も、自然としっかりとしたものに。
駆け出したくなるような力がみなぎる。
自分を、そういう状態にすること。それが一番のやり方ではないだろうか。ふとそんな風に思いました。
休む時は休む(ただし、本当にしっかり安心して休むには、仕事を、しがかりにしないで、やりきってから、休む)ことをこれから実践してみようと思います。
少なくとも、早朝の読書は毎日30分、やりたいとおもいました。頭に入る量が全然違いますね。
2008年04月20日
ブレスター・クイックルール制作の作業

先日、一番商品作り塾で、数十名の起業家さんにブレスターを実践してもらいました。そのさいのコメントは大変参考になりました。その内容や、一連の原稿仕事で学んだことを生かして、もっか、クイックルールの制作にあたっています。
ふだん、私が使い方をご説明するフリップボードをベースにして、簡素かつ、初めて扱う人が迷わない、そういう大判のシートにクイックスタートを進化させようとおもい、鋭意作業しています。
やはり、使っていただく人に少しでもわかりやすく、すこしでも効果が出るようにしたいですから。
ブレスターも、創造的な人がたくさん生まれてくる20年後を生み出す一翼をになってもらうアイテムです。常に、あくなき進化をしつづけてゆきます。
今週は非常にハードでした。
今、ようやく一区切り付きました。
そこで、めずらしく日曜日はPCを立ち上げないで
休んでみようと思います。
2008年04月19日
ブレスター・クイックルール(原稿1)
ブレスターのクイックスタートを刷新しようとしています。そのために、新しい原稿をつくっています。少しずつ、公開していきたいとおもいます。(修正もしますが、作業自体も公開してみます)
まず、最初に、ブレスターという道具を、教育工学(どうすると人は、知識を入れやすいか、という仕組み)をベースに、記述します。
特に、ケラーのARCSモデル(学習者の動機づけを高める4つの側面)をベースに、原稿を書いています。
原稿その1
(タイトル)
ブレスター・クイックスタート
〜5分ではじめるブレスター〜
続きを読む
まず、最初に、ブレスターという道具を、教育工学(どうすると人は、知識を入れやすいか、という仕組み)をベースに、記述します。
特に、ケラーのARCSモデル(学習者の動機づけを高める4つの側面)をベースに、原稿を書いています。
ARCS(アークス)モデルこの一年間で私もいろいろ学びました。経験もさせてもらいました。今の私が書くと、一年前とだいぶ、テイストがかわっているきがします。それを受け入れようとおもいます。
A(面白そうだ)
R(自分に関係ありそうだ)
C(やればできそうだ)
S(やってよかった)
原稿その1
(タイトル)
ブレスター・クイックスタート
〜5分ではじめるブレスター〜
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一馬さん式豪雨の花見をホットに楽しむ
豪雨決行のお花見会。ベンチャー企業の社長、一馬さん。しっかりさとうっかりさのはざまで揺れ動くナイスサーティーがおくる、豪雨の中のお花見会。
したのビデオは13時頃の様子(音が出ます。約10秒)
モサド(猛者度)の試される、お花見会、朝から昼を超えて、夜まで実施中(15時現在)。
うまい焼きたてのホタテを待つ人がまだまだいます。豪雨の中でもにぎわう屋台の秘密をしりたいかたは、どうぞ、西公園(仙台市青葉区)までおいでください。
したのビデオは13時頃の様子(音が出ます。約10秒)
モサド(猛者度)の試される、お花見会、朝から昼を超えて、夜まで実施中(15時現在)。
うまい焼きたてのホタテを待つ人がまだまだいます。豪雨の中でもにぎわう屋台の秘密をしりたいかたは、どうぞ、西公園(仙台市青葉区)までおいでください。
豪雨の中のお花見、7つのポイント
今日は、デュナミスの社長「一馬さん」のお花見(毎年恒例の終日花見、100人以上が参加する)が行われている。
今年の花見は豪雨。でも、そんなの関係ございません。とばかりに決行し活況を呈している。なぜ豪雨の中でも、花見をするのか。もはや桜がある、ないの問題ではない。豪雨の中でのお花見の楽しみ、とは?豪雨の中、発見した、7つのポイントを報告したい。
雨のお花見のポイント(その1)
駐車場がすいている。
お花見会場の向かいにあるお花見に絶好な駐車場が、がらがらだ。お花見の時期でなくてもめったにない快適さで、すぐ駐車できる。

仙台にはよく見ると、楽天球団のキャラが、あちこちについている。
雨のお花見のポイント(その2)
会場周辺の人通りが少ない。
シーズン中は、人がいっぱいで、乗り降りする車の列もあって大混雑。しかし、今日はすがすがしいほど人も停車する車もない。

仙台の青葉城(伊達政宗のお城)をすく後ろに控える場所なので交番の作りが妙に武家風。
雨のお花見のポイント(その3)
雨に濡れた桜の花に思いをはせる。
いつもは、ただのバス待ちのベンチも雨に濡れて漆黒に。その上にコントラストがはえる、桜の散りたての花びら。もう、ここで一句詠みたくなる気持ちを、抑えつつ進む。

風流のわかる歌人であれば、悶絶するような風景。桜のあめ。桜が雨と一緒に降ってくる。そんな中を、この時点でずぶぬれになりつつ進む。
雨のお花見のポイント(その4)
駐輪場がすいている。
自転車で来る人が多い会場。いつもは自転車の置き場にも困るところだが、今日は一台もない。一台もないのだ。雨の中、自転車に乗る人がいない。そんななか、「自転車できました」という人は自分のアラブる魂を見せつけることもできる。

雨のお花見のポイント(その5)
透明感ある桜にハッとする。
花開いた桜をまじかで見る機会は貴重だ。そして、雨に打たれ、しっとりとぬれた透明な桜を見る機会はさらに貴重。豪雨の中で顔を上げれば、みたことのない桜の表情をまじかにみることになる。

桜ははかない。しかし、豪雨の中で見る桜は、みずみずしい生命力を放っている。その美しさを表現するならば、「葉桜はむしろウエルカム」大変われながら、陳腐な表現をおもいついたものである。

雨のお花見のポイント(その6)
トイレは貸切。
イベント会場のトイレは行列、汚い、人の目が気になる。の3拍子がそろっているもの。しかし雨の日は、朝から誰も使っていないきれいなトイレでゆっくりとようがたせる。女性は特に、トイレの使い勝手が気になるもの。豪雨なほど、トイレ事情はよいのだ。

仮設トイレはもちろん、常設のトイレも、ひっそり。
雨のお花見のポイント(その7)
ゴミ箱が、空で捨てやすい。
イベント会場のゴミ箱は昼早々にいっぱいになる。その上に山住になったゴミ箱を、無視しながらお花見をするものだが、豪雨の中で塵一つない、すがすがしい園内を十分に堪能できる。ふだん、ゴミを見ないようにしている自分がいたことを気づかせてくれる(かもしれない)

さて、7つのポイントと、いいながら、この時点でまだ、お花見の集合場所についていない。でも、そんなの関係ございません。とつぶやきつつ、タイトルの縛りすらも突破して、記事は続く。
雨のお花見のポイント(その8)
せんべいを焼く。
おばあちゃんのぽたぽたやき。それを炭火に遠火であぶってみる。寒いので暖かいおつまみがほしいからだ。するとじゅわわと赤外線が表面を焦がす音がしはじめる。表面にうっすらと焦げ目ができる。

さっそく、口に入れてみた。すると!ただあたたかいだけではない。香ばしい焦がし醤油の風味がふんわりと広がる。これはうまい!せんべいの炭火焼は絶品である。本格せんべいでなくてもいいのがうれしい。
(おい、花はどうなった、という外野の声はこのさい、右から左に受け流すことにして、さらにこの行動は展開する。)
雨のお花見のポイント(その9)
おい、何でも焼いてみよう。
ということで、ポテトチップスを遠火であぶる。焦げないように慎重に。そして、口にしてみた。すると!驚いたことに上げてのあのフライドポテトの味がする。ただ、残念なことに、薄いのでその効果は短い。ものすごいはやさで飲み込んでしまうと、食道ぐらいは「お?こりゃ、プライドポテトですかい?」とだませるかもしれない。しかし、胃袋はまではだませない。しょせん、ポテチ。はらは膨れぬ。

一口、食べた一馬さんの図。”うお、あちちち”。
一馬さん、迫真の演技である。(というのは冗談で本当に熱い。なお写真は、ポテチはとりそこねて、ぽたぽた焼きである。
雨のお花見のポイント(その10)
焼きたてのホタテを買う。
三陸の新鮮な魚介類をやいて食わせる店がある。ここのホタテは絶品である。みんなでその店に、雨が流れ込んでくるのをバケツでくみだして、調理が早く進むように手伝う。豪雨の水は容赦なく、足もとを水たまりにするがそれをどんどんかき集めて、遠くに捨てに行く。そうしているうちに、じっくり入り炭火で焼いたホタテができあがった。これで300円。しっかり味もついている。倍以上の値段をつけてもおかしくない、実の詰まったおいしいホタテ。それをプロがやいたら、うまい以外のセリフを思いつく方が難しい。これはうまい。

一口だべれば自然と笑顔がこぼれる。300円を浮き浮きとはらいたくなる。この人気屋台の店主に連続オーダーをする、という暴挙もゆるされる。豪雨で他に人がいないのだから。
以上、豪雨のお花見を取材して、気がついた「豪雨のお花見、10個のポイント」である。タイトルと結論が違うことも、豪雨の中の猛者たちがかもす影響である、いい切ってしまえるから不思議である。
豪雨の中、さらに花見はヒートアップしていく。続きは、一馬さん本人のリアルタイム中継をご覧いただきたい。(たぶん、数カ月するとリンク先の記事には違うものがトップに出るでしょうけれど、2008年4月19日の記事をさがしてみてみてください。)
一馬さんのブログ、リアルタイム更新中
今年の花見は豪雨。でも、そんなの関係ございません。とばかりに決行し活況を呈している。なぜ豪雨の中でも、花見をするのか。もはや桜がある、ないの問題ではない。豪雨の中でのお花見の楽しみ、とは?豪雨の中、発見した、7つのポイントを報告したい。
雨のお花見のポイント(その1)
駐車場がすいている。
お花見会場の向かいにあるお花見に絶好な駐車場が、がらがらだ。お花見の時期でなくてもめったにない快適さで、すぐ駐車できる。

仙台にはよく見ると、楽天球団のキャラが、あちこちについている。
雨のお花見のポイント(その2)
会場周辺の人通りが少ない。
シーズン中は、人がいっぱいで、乗り降りする車の列もあって大混雑。しかし、今日はすがすがしいほど人も停車する車もない。

仙台の青葉城(伊達政宗のお城)をすく後ろに控える場所なので交番の作りが妙に武家風。
雨のお花見のポイント(その3)
雨に濡れた桜の花に思いをはせる。
いつもは、ただのバス待ちのベンチも雨に濡れて漆黒に。その上にコントラストがはえる、桜の散りたての花びら。もう、ここで一句詠みたくなる気持ちを、抑えつつ進む。

風流のわかる歌人であれば、悶絶するような風景。桜のあめ。桜が雨と一緒に降ってくる。そんな中を、この時点でずぶぬれになりつつ進む。
雨のお花見のポイント(その4)
駐輪場がすいている。
自転車で来る人が多い会場。いつもは自転車の置き場にも困るところだが、今日は一台もない。一台もないのだ。雨の中、自転車に乗る人がいない。そんななか、「自転車できました」という人は自分のアラブる魂を見せつけることもできる。

雨のお花見のポイント(その5)
透明感ある桜にハッとする。
花開いた桜をまじかで見る機会は貴重だ。そして、雨に打たれ、しっとりとぬれた透明な桜を見る機会はさらに貴重。豪雨の中で顔を上げれば、みたことのない桜の表情をまじかにみることになる。

桜ははかない。しかし、豪雨の中で見る桜は、みずみずしい生命力を放っている。その美しさを表現するならば、「葉桜はむしろウエルカム」大変われながら、陳腐な表現をおもいついたものである。

雨のお花見のポイント(その6)
トイレは貸切。
イベント会場のトイレは行列、汚い、人の目が気になる。の3拍子がそろっているもの。しかし雨の日は、朝から誰も使っていないきれいなトイレでゆっくりとようがたせる。女性は特に、トイレの使い勝手が気になるもの。豪雨なほど、トイレ事情はよいのだ。

仮設トイレはもちろん、常設のトイレも、ひっそり。
雨のお花見のポイント(その7)
ゴミ箱が、空で捨てやすい。
イベント会場のゴミ箱は昼早々にいっぱいになる。その上に山住になったゴミ箱を、無視しながらお花見をするものだが、豪雨の中で塵一つない、すがすがしい園内を十分に堪能できる。ふだん、ゴミを見ないようにしている自分がいたことを気づかせてくれる(かもしれない)

さて、7つのポイントと、いいながら、この時点でまだ、お花見の集合場所についていない。でも、そんなの関係ございません。とつぶやきつつ、タイトルの縛りすらも突破して、記事は続く。
雨のお花見のポイント(その8)
せんべいを焼く。
おばあちゃんのぽたぽたやき。それを炭火に遠火であぶってみる。寒いので暖かいおつまみがほしいからだ。するとじゅわわと赤外線が表面を焦がす音がしはじめる。表面にうっすらと焦げ目ができる。

さっそく、口に入れてみた。すると!ただあたたかいだけではない。香ばしい焦がし醤油の風味がふんわりと広がる。これはうまい!せんべいの炭火焼は絶品である。本格せんべいでなくてもいいのがうれしい。
(おい、花はどうなった、という外野の声はこのさい、右から左に受け流すことにして、さらにこの行動は展開する。)
雨のお花見のポイント(その9)
おい、何でも焼いてみよう。
ということで、ポテトチップスを遠火であぶる。焦げないように慎重に。そして、口にしてみた。すると!驚いたことに上げてのあのフライドポテトの味がする。ただ、残念なことに、薄いのでその効果は短い。ものすごいはやさで飲み込んでしまうと、食道ぐらいは「お?こりゃ、プライドポテトですかい?」とだませるかもしれない。しかし、胃袋はまではだませない。しょせん、ポテチ。はらは膨れぬ。

一口、食べた一馬さんの図。”うお、あちちち”。
一馬さん、迫真の演技である。(というのは冗談で本当に熱い。なお写真は、ポテチはとりそこねて、ぽたぽた焼きである。
雨のお花見のポイント(その10)
焼きたてのホタテを買う。
三陸の新鮮な魚介類をやいて食わせる店がある。ここのホタテは絶品である。みんなでその店に、雨が流れ込んでくるのをバケツでくみだして、調理が早く進むように手伝う。豪雨の水は容赦なく、足もとを水たまりにするがそれをどんどんかき集めて、遠くに捨てに行く。そうしているうちに、じっくり入り炭火で焼いたホタテができあがった。これで300円。しっかり味もついている。倍以上の値段をつけてもおかしくない、実の詰まったおいしいホタテ。それをプロがやいたら、うまい以外のセリフを思いつく方が難しい。これはうまい。

一口だべれば自然と笑顔がこぼれる。300円を浮き浮きとはらいたくなる。この人気屋台の店主に連続オーダーをする、という暴挙もゆるされる。豪雨で他に人がいないのだから。
以上、豪雨のお花見を取材して、気がついた「豪雨のお花見、10個のポイント」である。タイトルと結論が違うことも、豪雨の中の猛者たちがかもす影響である、いい切ってしまえるから不思議である。
豪雨の中、さらに花見はヒートアップしていく。続きは、一馬さん本人のリアルタイム中継をご覧いただきたい。(たぶん、数カ月するとリンク先の記事には違うものがトップに出るでしょうけれど、2008年4月19日の記事をさがしてみてみてください。)
一馬さんのブログ、リアルタイム更新中
うまくやろうなんて思わないこと、遠くを見よ
およそ、「うまくやろう」という気持ちが強い時には、人間は近視眼になります。今、というものに着目しすぎる状態。
今(現在)というものに注目しすぎることは、小さくて細かい振幅にゆすられて、進むことになります。視座がブレます。
浮いた沈んだが激しくくるくる変わり翻弄されると感じた時、次の言葉が、基準軸をもどしてくれます。
「遠くを見よ」
くるくると視座が上下するぞ、と感じたときには遠くを見ます。北極星を、見つめるために、3分、休憩してみるのがいいのかもしれません。
うまくやろうとなんておもわないこと、遠くを見よ
今(現在)というものに注目しすぎることは、小さくて細かい振幅にゆすられて、進むことになります。視座がブレます。
浮いた沈んだが激しくくるくる変わり翻弄されると感じた時、次の言葉が、基準軸をもどしてくれます。
「遠くを見よ」
くるくると視座が上下するぞ、と感じたときには遠くを見ます。北極星を、見つめるために、3分、休憩してみるのがいいのかもしれません。
うまくやろうとなんておもわないこと、遠くを見よ
2008年04月18日
「手段が目的化する」心理を把握することから始めよう
プロジェクトをしていると、手段が目的になってしまっていることがよく起こります。本来の目的(本目的、と呼ぶことにします)を達成するために、通る道。その上に、里程標(マイルストーン)として打った点は、手段です。本来の目的に到達するためにどうやってそこに辿り着くか、という。
その里程標の達成が短期的には「当面の目的」になります。(これを、小目的)と呼びます。
重要なのは、本目的に対して小目的は、「手段である」という点です。
どちらも”目的”という名称がつくので、つい、油断してしまいがちですが”小目的は本目的達成の手段”であることを忘れてはいけません。
これがなぜ、大事か。
実は里程標として打った点が狙った通りの場所にないこともあります。時には、それは、本目的に辿り着く軌道上を外れていることも。おうおうにして、それは最初は小さい。近視眼的にみている人は、目の前の目的達成に全力を尽くしています。気がついたら、本来の目的を達成しない里程標を一生懸命に、達成しようとしています。
たとえば、売上をあげるの本目的だとしたら、最初の小目的は、WEBサイトの立ち上げ、と、WEB上のプロモーション、だと決めたとします。そのうちに、WEBのつくりこみ、過剰品質、本来の目的には必要ないスペックや、回収できないコストをかけようとします。これは手段=小目的=WEBプロモーションが、本目的化している状態です。
これらのことを絵にしてみました。





こんな感じになります。
短期的には、本目的の方向を向かないのは実際はしょうがないわけです。3枚目のように、短期的にはそれぞれの方向を目指している感じになります。
しかし、4枚目のように、方向がずれはじめて、本目的に到達しない道にはいったとしても、それを進んでしまう。そういう部分がどうしてもあります。これが手段の目的化の可視化です。
これを防ぐには?
一言でいえば、小目的の達成にまい進しつつも、本目的を常に確認して、小目的の軌道修正をかけること、です。
これが難しい。”目的を変更する”というのは、オンザタスクの状態ではやりにくい。けれども、本目的を変えるのではない、ということを肝に銘じて、苦しくても、目的(ただしくは小目的、つまり手段)を変えること。これです。
小目的と本目的。両方を常にみて、進みたいものです。
その里程標の達成が短期的には「当面の目的」になります。(これを、小目的)と呼びます。
重要なのは、本目的に対して小目的は、「手段である」という点です。
どちらも”目的”という名称がつくので、つい、油断してしまいがちですが”小目的は本目的達成の手段”であることを忘れてはいけません。
これがなぜ、大事か。
実は里程標として打った点が狙った通りの場所にないこともあります。時には、それは、本目的に辿り着く軌道上を外れていることも。おうおうにして、それは最初は小さい。近視眼的にみている人は、目の前の目的達成に全力を尽くしています。気がついたら、本来の目的を達成しない里程標を一生懸命に、達成しようとしています。
たとえば、売上をあげるの本目的だとしたら、最初の小目的は、WEBサイトの立ち上げ、と、WEB上のプロモーション、だと決めたとします。そのうちに、WEBのつくりこみ、過剰品質、本来の目的には必要ないスペックや、回収できないコストをかけようとします。これは手段=小目的=WEBプロモーションが、本目的化している状態です。
これらのことを絵にしてみました。





こんな感じになります。
短期的には、本目的の方向を向かないのは実際はしょうがないわけです。3枚目のように、短期的にはそれぞれの方向を目指している感じになります。
しかし、4枚目のように、方向がずれはじめて、本目的に到達しない道にはいったとしても、それを進んでしまう。そういう部分がどうしてもあります。これが手段の目的化の可視化です。
これを防ぐには?
一言でいえば、小目的の達成にまい進しつつも、本目的を常に確認して、小目的の軌道修正をかけること、です。
これが難しい。”目的を変更する”というのは、オンザタスクの状態ではやりにくい。けれども、本目的を変えるのではない、ということを肝に銘じて、苦しくても、目的(ただしくは小目的、つまり手段)を変えること。これです。
小目的と本目的。両方を常にみて、進みたいものです。
仙台と花見とベンチャーと
仙台という地方で起業する。そういう生き方がどういう日々なのか、地方発の起業事情リポートとしてすこしご紹介ます。
地方とはなにか、厳密には難しい(私は東京だって、世界の地方、だとおもいます。)話ですが、東名阪経済圏以外、という緩い意味で地方を定義します。
仙台は、人口100万人。日本人口の約100分の1。いろんなものが、日本の100の1の街。人口、経済規模。
ベンチャーはそれほど多くもなく、しかし、地方の割に、少なくもなく。
仙台は自然が豊かです。千葉生まれの私からすると、みずみずしい気候、と感じます。たとえば、桜。休日、郊外に車でお買いものに行きますが(この点は、微妙にアメリカみたいですね。地方はそういうものかもしれませんが。)その間に桜のポイントがいくつもあります。ふと車を止めて桜の下で子供たちと遊んだり。

心豊かな生活、生活の質、というものを楽しみたい人にとっては、人口規模や首都までの距離がちょうどいい場所、それが仙台だとおもいます。気候も最近はすごくいいですね。東京の夏は亜熱帯のようですが、仙台の真夏日はそうおおくありません。温暖化で冬もさほど雪が積もらないので、東北の冬、といってもしのぎやすいですね。
大学では、入学式が過ぎて新入生歓迎会コンパのころに桜が咲いています。卒業式のころは、桜がありません。学生さん視点でいうと、仙台に関東からくると、関東の高校で卒業式の桜を見て、仙台の大学で入学後にまた桜がさきます。逆に卒業の時は、どっちもなし。
さて、桜ばかりじゃありません。
仙台の起業家たち、というのも結構いて、しかもあまり豊かでない経済圏であるにも関わらず、かなりソーシャルな志向をもった起業家がおおいことが特徴です。社会を作る、人を作る、といった。
私の駐在するベンチャー、デュナミスはそういう存在の、仙台での核となる企業です。その話をすると非常にぎっしりした感じがありますが、実際は非常に”まったり”。いい意味で、ですよ。

たとえば先週、お昼ごはんを、というときに、近くの公園にブルーシートを持っていきました。そして即興の花を愛でながらの昼食会。
結構、多くのビジネスマンが、桜咲く公園でお弁当を食べていました。ブルーシート持参はうちだけでしたが。
地方で起業する、というのは、東京の起業とはずいぶん、行き方が違います。夜遅くまで情熱的に働く、という意味では似ていますが、どこか流れる水が天然水。そんな感じです。通勤時間が非常に短い、というのも大きな違いです。生活全般にかかるストレスが少ないですから、仕事に力を注ぎやすい。一方で豊かな顧客が近くにはすくないので、非常に成長への軌道を上がるのに、テクニックがいります。ある意味、東京で起業するより社長には力量がいります。
ベンチャーはメガトレンドの傍流を行け。
そういう言葉をある経営学の先生はおっしゃいますが、その点では地方はすこし工夫が要りますね。地方発で全国区化への。
さて、そんな花見とベンチャーの仙台名物イベントとなりつつある、一馬さんの花見(デュナミスの花見はそこに包含されるイベント)があります。一馬さん、はデュナミス社長。彼は毎年、デュナミスの枠を超えて、朝から夜まで花見をします。通しで合計100名以上が立ち寄る、解放区です。一馬さんのことをブログで知った、講演で知ったという人もきたり、新聞社や行政、NPOの方も「最近どう?」といいながら花見席に”打ち合わせ”にいらしたり。もちろん、仙台のベンチャーの社長さんも相当数登場します。
時間帯によっては、マンツーマン(つまり一人しか来客がない)時間帯もあり、一方でブルーシートを人が埋め尽くすような時間帯もあります。こぼれた人がその辺にたむろしまくっています。
そんな「一馬さんの花見(デュナミスの花見)」が明日、あります。西公園で行われます。雨の見通しが高いのですが、その時は、ファイブブリッジ(デュナミスのあるビルの3階)で「ビル内お花見会」になるでしょう。(もはや花見じゃない。でもそんなの問題じゃない…というトーンです)
詳しくは、一馬さんのブログをご覧ください。
事前アナウンスのページ
たぶん、4月18日(土)は、頻繁にブログがアップされると思います。
(恒例のリアルタイム更新が)
私も昼の時間帯は、います。
地方とはなにか、厳密には難しい(私は東京だって、世界の地方、だとおもいます。)話ですが、東名阪経済圏以外、という緩い意味で地方を定義します。
仙台は、人口100万人。日本人口の約100分の1。いろんなものが、日本の100の1の街。人口、経済規模。
ベンチャーはそれほど多くもなく、しかし、地方の割に、少なくもなく。
仙台は自然が豊かです。千葉生まれの私からすると、みずみずしい気候、と感じます。たとえば、桜。休日、郊外に車でお買いものに行きますが(この点は、微妙にアメリカみたいですね。地方はそういうものかもしれませんが。)その間に桜のポイントがいくつもあります。ふと車を止めて桜の下で子供たちと遊んだり。

心豊かな生活、生活の質、というものを楽しみたい人にとっては、人口規模や首都までの距離がちょうどいい場所、それが仙台だとおもいます。気候も最近はすごくいいですね。東京の夏は亜熱帯のようですが、仙台の真夏日はそうおおくありません。温暖化で冬もさほど雪が積もらないので、東北の冬、といってもしのぎやすいですね。
大学では、入学式が過ぎて新入生歓迎会コンパのころに桜が咲いています。卒業式のころは、桜がありません。学生さん視点でいうと、仙台に関東からくると、関東の高校で卒業式の桜を見て、仙台の大学で入学後にまた桜がさきます。逆に卒業の時は、どっちもなし。
さて、桜ばかりじゃありません。
仙台の起業家たち、というのも結構いて、しかもあまり豊かでない経済圏であるにも関わらず、かなりソーシャルな志向をもった起業家がおおいことが特徴です。社会を作る、人を作る、といった。
私の駐在するベンチャー、デュナミスはそういう存在の、仙台での核となる企業です。その話をすると非常にぎっしりした感じがありますが、実際は非常に”まったり”。いい意味で、ですよ。

たとえば先週、お昼ごはんを、というときに、近くの公園にブルーシートを持っていきました。そして即興の花を愛でながらの昼食会。
結構、多くのビジネスマンが、桜咲く公園でお弁当を食べていました。ブルーシート持参はうちだけでしたが。
地方で起業する、というのは、東京の起業とはずいぶん、行き方が違います。夜遅くまで情熱的に働く、という意味では似ていますが、どこか流れる水が天然水。そんな感じです。通勤時間が非常に短い、というのも大きな違いです。生活全般にかかるストレスが少ないですから、仕事に力を注ぎやすい。一方で豊かな顧客が近くにはすくないので、非常に成長への軌道を上がるのに、テクニックがいります。ある意味、東京で起業するより社長には力量がいります。
ベンチャーはメガトレンドの傍流を行け。
そういう言葉をある経営学の先生はおっしゃいますが、その点では地方はすこし工夫が要りますね。地方発で全国区化への。
さて、そんな花見とベンチャーの仙台名物イベントとなりつつある、一馬さんの花見(デュナミスの花見はそこに包含されるイベント)があります。一馬さん、はデュナミス社長。彼は毎年、デュナミスの枠を超えて、朝から夜まで花見をします。通しで合計100名以上が立ち寄る、解放区です。一馬さんのことをブログで知った、講演で知ったという人もきたり、新聞社や行政、NPOの方も「最近どう?」といいながら花見席に”打ち合わせ”にいらしたり。もちろん、仙台のベンチャーの社長さんも相当数登場します。
時間帯によっては、マンツーマン(つまり一人しか来客がない)時間帯もあり、一方でブルーシートを人が埋め尽くすような時間帯もあります。こぼれた人がその辺にたむろしまくっています。
そんな「一馬さんの花見(デュナミスの花見)」が明日、あります。西公園で行われます。雨の見通しが高いのですが、その時は、ファイブブリッジ(デュナミスのあるビルの3階)で「ビル内お花見会」になるでしょう。(もはや花見じゃない。でもそんなの問題じゃない…というトーンです)
詳しくは、一馬さんのブログをご覧ください。
事前アナウンスのページ
たぶん、4月18日(土)は、頻繁にブログがアップされると思います。
(恒例のリアルタイム更新が)
私も昼の時間帯は、います。
小さな絶対価値ゾーン
誰にでもその人にしかできないことがある、と私は考えています。それを小さな絶対価値ゾーン、とよんでいます。
そのゾーンは小さい。小さいけれど、その中では、絶対的にその人だけしか発揮できない価値あるものがある、と。
人によってはそれが広かったり、そのゾーンが日のあたる場所にあったり。
しかし、そうじゃない人もいます、狭い、日の当たらないところがゾーンの人。そういう人は、自分に絶対価値ゾーンがあると思えない。
しかし、必ずあると思います。そしてそれをいかそう、と強く意志をもって長く長く続けていれば、必ず顕在化するはずです。3年、5年程度でやろうとしない。10年20年かけてやれば必ずできる。そう固く信じています。
そのゾーンは小さい。小さいけれど、その中では、絶対的にその人だけしか発揮できない価値あるものがある、と。
人によってはそれが広かったり、そのゾーンが日のあたる場所にあったり。
しかし、そうじゃない人もいます、狭い、日の当たらないところがゾーンの人。そういう人は、自分に絶対価値ゾーンがあると思えない。
しかし、必ずあると思います。そしてそれをいかそう、と強く意志をもって長く長く続けていれば、必ず顕在化するはずです。3年、5年程度でやろうとしない。10年20年かけてやれば必ずできる。そう固く信じています。
2008年04月17日
古川へ
古川駅(仙台の北、新幹線でひと駅)の近くにある、ある方の所へお伺いしてきました。

私の大変お世話になっている方です。おっしゃることがよくわかるオフィスの入口でした。人柄や生き方が、その入口に現われているようでした。

私の大変お世話になっている方です。おっしゃることがよくわかるオフィスの入口でした。人柄や生き方が、その入口に現われているようでした。
いままでありがとう、DELL ノートPC
智慧カードのコンセプト、ワーディング、そして、カードデザインを生み出してくれた私のノートPCが遂にリース終了で手放すことになりました。

DELL ノートPC INSPIRON 710m
2006年からの2年間、一緒に日本国中を回りました。いくつかのプレゼテーションでも活躍してもらいました。
私は使い方が荒いので、ノートPCは大体2年前後で壊れます。物理的に「割れ」ます。キーボードのあたりにひびが入り、最後は、バリッと。だいたい、最期が近づくと、中でカラカラとなにか部品が取れている感じの音がします。
このDELLは、東京出張中にディスプレイがダメになりました。バックライトがつかなくなり、懐中電灯で照らしながら無理やり起動したりしていたのですが。
いま、このブログを書いているのは、先月から私の手元にきた、レッツノート(CF-T7)です。
返却のために久々にDELLを立ち上げて、一つ一つ情報を消し込んでいく作業を今日は夜まで延々としていました。この二年間が思い出されて感慨深い時間でした。
いままで、ありがとう。DELLノート。
ちなみに写真手前の携帯電話は、ドコモのSH901iSですが、最近、バッテリーが膨らんできました。カバーを取ったらもうはまりません。ネットを検索したらそういう事例がたくさん…。丁寧に焼いたお餅のようにふっくらとおいしそうにバッテリーが膨らんでいます。来週には新しい電池が来ますので、SH901iSにはまだまだ手元にいてもらいます。

DELL ノートPC INSPIRON 710m
2006年からの2年間、一緒に日本国中を回りました。いくつかのプレゼテーションでも活躍してもらいました。
私は使い方が荒いので、ノートPCは大体2年前後で壊れます。物理的に「割れ」ます。キーボードのあたりにひびが入り、最後は、バリッと。だいたい、最期が近づくと、中でカラカラとなにか部品が取れている感じの音がします。
このDELLは、東京出張中にディスプレイがダメになりました。バックライトがつかなくなり、懐中電灯で照らしながら無理やり起動したりしていたのですが。
いま、このブログを書いているのは、先月から私の手元にきた、レッツノート(CF-T7)です。
返却のために久々にDELLを立ち上げて、一つ一つ情報を消し込んでいく作業を今日は夜まで延々としていました。この二年間が思い出されて感慨深い時間でした。
いままで、ありがとう。DELLノート。
ちなみに写真手前の携帯電話は、ドコモのSH901iSですが、最近、バッテリーが膨らんできました。カバーを取ったらもうはまりません。ネットを検索したらそういう事例がたくさん…。丁寧に焼いたお餅のようにふっくらとおいしそうにバッテリーが膨らんでいます。来週には新しい電池が来ますので、SH901iSにはまだまだ手元にいてもらいます。
支援者は道具を作れ
起業家を助ける支援者は、支援のレベルをより高く、より効果的なものにしたいものです。支援活動のレベルを高めて、そして多くの人にそれを提供するためには、道具を作るべし、と考えています。
道具を作ることは3つの効能があります。
1 道具を開発することで、客観的になれ、より本質化できる
2 道具を最高に使いこなす人は、道具を作った人、である
3 自分自身をコンサルティング(もしくは支援)できる
特に2と3は、重要です。
いい道具をかってくることの100倍、道具開発行為は効果的です。
人にいいコンサルティングをしていても自分のことは支援できないことがいます。実は人間は多くの場合、そう、です。道具があれば、その道具は恣意性なしに自分を支援します。過去の自分が未来の自分を助ける、そいういう意味合いがあります。
また、ノウハウの流出になるのでは?と聞かれますが、私はそれは気にすることではないと思います。むしろ出して人につかってもらって磨かれたほうが、更に進める。そんな気がします。
道具を作ることは3つの効能があります。
1 道具を開発することで、客観的になれ、より本質化できる
2 道具を最高に使いこなす人は、道具を作った人、である
3 自分自身をコンサルティング(もしくは支援)できる
特に2と3は、重要です。
いい道具をかってくることの100倍、道具開発行為は効果的です。
人にいいコンサルティングをしていても自分のことは支援できないことがいます。実は人間は多くの場合、そう、です。道具があれば、その道具は恣意性なしに自分を支援します。過去の自分が未来の自分を助ける、そいういう意味合いがあります。
また、ノウハウの流出になるのでは?と聞かれますが、私はそれは気にすることではないと思います。むしろ出して人につかってもらって磨かれたほうが、更に進める。そんな気がします。
2008年04月16日
ブレスターの大量出荷と第4版の生産準備
ブレスターに、先日、大きなご注文をいただきました。予想外の規模でご注文いただいので、第3版は一気に、残りがわずかになりました。第4版に向けて生産準備を急ピッチで進めることになりました。
第4版には、また新しい取組みを盛り込んでみたいと思っています。生産準備の経過については、おってご報告いたします。
第4版には、また新しい取組みを盛り込んでみたいと思っています。生産準備の経過については、おってご報告いたします。
2008年04月15日
「10分以内にアイデア3つ出さなきゃ」をかなえる方法
手法の要約
1.短時間で48の質問リストを次々見ていく。
2.質問を5秒読んで、だめならすぐパス。関係しそうならチェック。どちらの場合もすぐ次へ。
3.チェックした質問(3〜6個)、でアイデアを出す。
仙台生活のお得なところ
東京の相手と仕事をしていると、ときどき、「あ、この時間帯は仙台にいるこちらは、オンタイム、東京にいる人は、必要経費としてオフタイムなんだ」と感じることがあります。
たとえば、終電間際に、先方が発信したメールを受信してこちらが仕事をしている時には、必要な内容を書いて送り返します。先方が自宅についてメールチェックする人物の場合、それをみて、帰宅後に簡単な返信をされることもあります。
その時間帯を、仙台側にいて「ああ、この時間帯は、僕も東京にいれば、中央線か、都営新宿線の最終電車で、くたくたになって電車に乗っている時間だなぁ」とおもいます。
以前東京にいて、三鷹駅と東大島駅(亀戸のあたり)に住んでいた時に、そういう経験をしていました。そうおもうと、仙台の通勤時間は驚くほど短いとおもいます。1時間も通勤している人は、私の周りには少なくて、社長に至っては自転車で通ってきています。私も歩いて1時間くらいなので、たぶん距離にして5キロくらいのところに家と会社があります。
この時間帯を、何に使うのか、自由に決められるのは、仙台生活の快適なところ。私は生活の質をもとめて、仙台に住んでいますが、こういう部分、とくに、満員電車にゆられて過ごすストレスのなさは、とてもうれしいと思います。
人によっては、満員電車もおつなもの、とさらりといいますが、私は性質的に、「まったく知らない人が自分の懐に入っていることの怖さ、違和感」が先に立ってしまうので、東京にいっても電車が苦痛ですね。できるだけ歩きます。
この夜の時間と同じだけ、朝も、自分で使い方の決められる1〜2時間が手に入る。これは、人生を豊かに生きるには、私にとってはとてもお得なところだという気がしています。
たとえば、終電間際に、先方が発信したメールを受信してこちらが仕事をしている時には、必要な内容を書いて送り返します。先方が自宅についてメールチェックする人物の場合、それをみて、帰宅後に簡単な返信をされることもあります。
その時間帯を、仙台側にいて「ああ、この時間帯は、僕も東京にいれば、中央線か、都営新宿線の最終電車で、くたくたになって電車に乗っている時間だなぁ」とおもいます。
以前東京にいて、三鷹駅と東大島駅(亀戸のあたり)に住んでいた時に、そういう経験をしていました。そうおもうと、仙台の通勤時間は驚くほど短いとおもいます。1時間も通勤している人は、私の周りには少なくて、社長に至っては自転車で通ってきています。私も歩いて1時間くらいなので、たぶん距離にして5キロくらいのところに家と会社があります。
この時間帯を、何に使うのか、自由に決められるのは、仙台生活の快適なところ。私は生活の質をもとめて、仙台に住んでいますが、こういう部分、とくに、満員電車にゆられて過ごすストレスのなさは、とてもうれしいと思います。
人によっては、満員電車もおつなもの、とさらりといいますが、私は性質的に、「まったく知らない人が自分の懐に入っていることの怖さ、違和感」が先に立ってしまうので、東京にいっても電車が苦痛ですね。できるだけ歩きます。
この夜の時間と同じだけ、朝も、自分で使い方の決められる1〜2時間が手に入る。これは、人生を豊かに生きるには、私にとってはとてもお得なところだという気がしています。
音楽は心を動かす
なぜそのリズムがうきうきするのか、そのメロディーをきくと力強くなれるのか、音楽というのは不思議ですね。
創造性のことについて関心を持って研究をしていますが、人の心や意識は不思議ですね。☆記憶をいかにして引き出してくるか、という点だけとっても、不思議なのは発想法ではなく、人の頭の構造が不思議なんだなぁと思います。
音楽を最近、よく聞くようになりました。しかも、プロの創ったものではなく、消費者が創る音楽、というべきでしょうか、もはや、消費者というべきカテゴリーが適切ですらない、とおもいますが。
彼らは、音楽を作ります。とてもプロは書かないような表現、言葉使いの歌詞で。しかし、リズムや音楽の出来は大変素晴らしいものがあります。私は普段そういうトーンのものを好んで聴くことがないのですが、ある記事(人々が利用し合う創作物、その展開力、および既存メディアのビジネスシステムがひずみはじめること、など)をきっかけにして、その音楽を聴くようになりました。
ニュースがプロの記者によって書かれているのに対し、ブログの一部では市民の目線で現場の香りが感じられるものが生まれています。音楽もプロが作ってプロが歌う、これまでに対し、市民が作って歌も乗せる、そういう構造が台頭しつつあります。
ブログとは何ぞや、という時代はとうに過ぎましたが、一市民が発信できることで、googlezonの未来(EPIC2014、EPIC2015)が近づいているのか、定かではありませんが、今までにはなかった選択肢が登場し多様化した価値観を小さな文章が受け止める構造になっているとおもいます。
音楽もそういう時代に入りつつあるのかもしれませんね。そして、今、音楽のもつ能力について、少し考えてみたいとおもいました。
音楽がたまらなく心をふるわせることができるのはなぜか。頭は音楽の何につよく反応しているのでしょうか。歌詞のあるなしも影響しています。なくても反応するし、あったほうがいい曲もあります。
たとえば、ビルエバンスのワルツフォーデビー。
「ピン・・・・・ポン・・・・ポン・・・・・ポン・ポン・・・・タラララララ、ララララ〜」
でだしのたまらなくしっとりとした旋律は、静寂から激しい情念がじわじわっと噴き出していくような、たまらなくウイスキーが飲みたくなるような「心地よいめまい」が起こります。
たとえば、邦楽、尾崎豊のシェリー、あるいは、堀内孝雄の続・竹トンボ。
(旋律も素敵ですが)歌詞がたまらなくいい、その歌詞を聞くたびに、ビジョンが頭の中に映し出されるような、絵的な言葉。情念をつよく揺さぶるような言葉。そういったものがあります。
ポップなのりのりの音楽は娘たちも好きで聞きながら踊っています。歌詞はわからないようですが、メロディーでウキウキして、踊りたくなるそうです。
退屈な作業も音楽があると、楽しい時間に変わります。運動もあっという間に終わります。人間の意識が、「大変だ、退屈だ、きつい」という思考回路を回すことなくその時間が「音楽だ、楽しいな、体が動くよ」という思考で埋められていること、これの効能は大きいですね。
音楽には、一定の流れがあって、しかも、それが情報のインプットの大部分を占めている、というのも大きいかもしれません。普通の生活では音は、予測不可能な発生をします。ものが落ちる、相手が何かをする、話しが突然始まる。テレビの番組はぶつ切りでしょっちゅう変わる。その意味では瞬間を生きているわけです。音楽は、少し先に起こる音が予想できます。特に繰り返しの構造を持っている音楽は。ずっと変化し続ける音楽はありませんから、必ず「こう来て、こう」という期待を期待どおりにするりとすべりぬけていくような安心感があります。このことも大きい気がします。ずっと予想外のリズムが続くと人間は不快かもしれません。それでも二度目には予想のつく時間となるのかもしれませんが。
しかし、はじめて聴いた音楽に感動することもあります。圧倒的にうまいコンサートに行って初めて聴いた曲に、感動することもあります。それは、予想が云々ではなく、背中がぞくぞくとするような、強い「感じ」が耳や皮膚から入ってきます。これはなんなんでしょうね。
音楽というものをもっとよく知りたいと思うようになりました。そして自分でも音楽をいつか作ってみたい、とも最近思います。
心を動かすのは無理でも、ある種の発想や知的生産を高める「何か」を作れるのではないだろうか。ふとそんな事を思いつつ。
創造性のことについて関心を持って研究をしていますが、人の心や意識は不思議ですね。☆記憶をいかにして引き出してくるか、という点だけとっても、不思議なのは発想法ではなく、人の頭の構造が不思議なんだなぁと思います。
音楽を最近、よく聞くようになりました。しかも、プロの創ったものではなく、消費者が創る音楽、というべきでしょうか、もはや、消費者というべきカテゴリーが適切ですらない、とおもいますが。
彼らは、音楽を作ります。とてもプロは書かないような表現、言葉使いの歌詞で。しかし、リズムや音楽の出来は大変素晴らしいものがあります。私は普段そういうトーンのものを好んで聴くことがないのですが、ある記事(人々が利用し合う創作物、その展開力、および既存メディアのビジネスシステムがひずみはじめること、など)をきっかけにして、その音楽を聴くようになりました。
ニュースがプロの記者によって書かれているのに対し、ブログの一部では市民の目線で現場の香りが感じられるものが生まれています。音楽もプロが作ってプロが歌う、これまでに対し、市民が作って歌も乗せる、そういう構造が台頭しつつあります。
ブログとは何ぞや、という時代はとうに過ぎましたが、一市民が発信できることで、googlezonの未来(EPIC2014、EPIC2015)が近づいているのか、定かではありませんが、今までにはなかった選択肢が登場し多様化した価値観を小さな文章が受け止める構造になっているとおもいます。
音楽もそういう時代に入りつつあるのかもしれませんね。そして、今、音楽のもつ能力について、少し考えてみたいとおもいました。
音楽がたまらなく心をふるわせることができるのはなぜか。頭は音楽の何につよく反応しているのでしょうか。歌詞のあるなしも影響しています。なくても反応するし、あったほうがいい曲もあります。
たとえば、ビルエバンスのワルツフォーデビー。
「ピン・・・・・ポン・・・・ポン・・・・・ポン・ポン・・・・タラララララ、ララララ〜」
でだしのたまらなくしっとりとした旋律は、静寂から激しい情念がじわじわっと噴き出していくような、たまらなくウイスキーが飲みたくなるような「心地よいめまい」が起こります。
たとえば、邦楽、尾崎豊のシェリー、あるいは、堀内孝雄の続・竹トンボ。
(旋律も素敵ですが)歌詞がたまらなくいい、その歌詞を聞くたびに、ビジョンが頭の中に映し出されるような、絵的な言葉。情念をつよく揺さぶるような言葉。そういったものがあります。
ポップなのりのりの音楽は娘たちも好きで聞きながら踊っています。歌詞はわからないようですが、メロディーでウキウキして、踊りたくなるそうです。
退屈な作業も音楽があると、楽しい時間に変わります。運動もあっという間に終わります。人間の意識が、「大変だ、退屈だ、きつい」という思考回路を回すことなくその時間が「音楽だ、楽しいな、体が動くよ」という思考で埋められていること、これの効能は大きいですね。
音楽には、一定の流れがあって、しかも、それが情報のインプットの大部分を占めている、というのも大きいかもしれません。普通の生活では音は、予測不可能な発生をします。ものが落ちる、相手が何かをする、話しが突然始まる。テレビの番組はぶつ切りでしょっちゅう変わる。その意味では瞬間を生きているわけです。音楽は、少し先に起こる音が予想できます。特に繰り返しの構造を持っている音楽は。ずっと変化し続ける音楽はありませんから、必ず「こう来て、こう」という期待を期待どおりにするりとすべりぬけていくような安心感があります。このことも大きい気がします。ずっと予想外のリズムが続くと人間は不快かもしれません。それでも二度目には予想のつく時間となるのかもしれませんが。
しかし、はじめて聴いた音楽に感動することもあります。圧倒的にうまいコンサートに行って初めて聴いた曲に、感動することもあります。それは、予想が云々ではなく、背中がぞくぞくとするような、強い「感じ」が耳や皮膚から入ってきます。これはなんなんでしょうね。
音楽というものをもっとよく知りたいと思うようになりました。そして自分でも音楽をいつか作ってみたい、とも最近思います。
心を動かすのは無理でも、ある種の発想や知的生産を高める「何か」を作れるのではないだろうか。ふとそんな事を思いつつ。
2008年04月14日
「いつも見ていますよ」がもたらすもの。
志した道をまっすぐに進み、その道を究める。
そういう生き方をする人にも
不安や迷いはあります。
(オズボーンの書籍に、「イマジネーションの誤用」という
言葉がありますが、創造的でない想像力も、人間にはあります。)
私もそういう「イマジネーションの誤用」があります。
時には不安も。
本日、ある先生が、リンク集で私のサイトを紹介してくださいました。
私の研究会のサイトとともに。
一言、暖かいコメントもついていました。
それを見て、その笑顔で「前に進みなさい」と
おっしゃってくださっている、
そんな気持ちになりました。
人間には「あなたを応援しています」という
タイプのことをいう機会があります。
がんばりなさい、よりも、「あたなをいつも見ていますよ」
という趣旨のことが、
より人の背中をおしてくれるものだなぁ、と
しみじみ感じました。
力強く、前に進みます。
今日も明日も、明後日も。
そういう生き方をする人にも
不安や迷いはあります。
(オズボーンの書籍に、「イマジネーションの誤用」という
言葉がありますが、創造的でない想像力も、人間にはあります。)
私もそういう「イマジネーションの誤用」があります。
時には不安も。
本日、ある先生が、リンク集で私のサイトを紹介してくださいました。
私の研究会のサイトとともに。
一言、暖かいコメントもついていました。
それを見て、その笑顔で「前に進みなさい」と
おっしゃってくださっている、
そんな気持ちになりました。
人間には「あなたを応援しています」という
タイプのことをいう機会があります。
がんばりなさい、よりも、「あたなをいつも見ていますよ」
という趣旨のことが、
より人の背中をおしてくれるものだなぁ、と
しみじみ感じました。
力強く、前に進みます。
今日も明日も、明後日も。
記憶の鮮度、という視点
人は覚えたことが時間とともに減少します。
いい講演をきいて非常に感心し、あすから実践しよう、
と考えた人でも、半日がすぎ、一日が過ぎ、一週間が
たつ頃には、何がそんなによかったのか、”そう思った”
ことだけが思い出される状態になります。
一方で、時間とともに、減少しない記憶もあります。
道で会った友人。彼がのっていた車がそばにあって
大きな青い車だった。
そういうことは一週間たっても、「彼の車は青い」と
いう記憶に残ります。
人間の記憶に対する傾向として次のようなものがある、
と感じます。
・概念系(非物質)の記憶はとろけやすい。
その情報はどんどん抽象化されていく。
1時間の講演も一言化されていきます。「人を活かして経営しよう」など。
・実体系(物質)の記憶は残りやすい。
情報ははじめから受け取り手の見た通りの情報しか
入ってこないが、一方で、それは長く残る。
自分のフィルターで概念化したものは、自分の言葉として
再現が可能。
こうなると、相手に概念的なことを100お話しするよりも
実物を100お見せしたほうが、はるかに多くのものが
相手の中に残ります。
伝えたいと思ったこと(概念)をどれほど伝えても
受け手のフィルターはそれをさらに濾して抽象化しますので。
言葉で伝達される概念系のものごとは、1分間に伝えられるのは
しゃべり手・聞き手の両方の能力がどれほど高くても、
限界があります。
人間は、1分間に60ページ分の情報を口でしゃべることはできませんし、
聞き手もその速度では、理解できません。
実体系のものは、たとえば1分間でその車を見せてあげれば、
非常に多くの情報が相手に入ります。
つややかなとそうだな、革張りのシートがすこし高そうだな、
そういった自分のフィルターを通過した情報が1分間分。
実体がなければ、その車のカタログ写真を60枚、パラパラ漫画のように
一秒一枚でみていけば、かなりの多さの情報が残ります。
実体系VS概念系
モノを説明するときには、できだけ概念の積み上げはやめ、実体系のビジョンが伝わる・頭の中に再現される、話を目指すと、「わかりやすい」と感じてもらえるようです。概念だけの話で相当する実物がない、場合も、それを何らかのアナロジーで、実態のあるものに置き直して話を進める、すると、それが残る話になります。思い出したい概念系の話は、そのアナロジーを思い出すことで再現できやすくなります。
記憶の鮮度がすぐに落ちるのが「概念系」
記憶の鮮度が長く保てるのが「実体系」
概念系を届けようとしたら、それは短い時間で、情報が抽象化して一言化してしまうと、肝に銘じたいと思います。
・続きを読む
いい講演をきいて非常に感心し、あすから実践しよう、
と考えた人でも、半日がすぎ、一日が過ぎ、一週間が
たつ頃には、何がそんなによかったのか、”そう思った”
ことだけが思い出される状態になります。
一方で、時間とともに、減少しない記憶もあります。
道で会った友人。彼がのっていた車がそばにあって
大きな青い車だった。
そういうことは一週間たっても、「彼の車は青い」と
いう記憶に残ります。
人間の記憶に対する傾向として次のようなものがある、
と感じます。
・概念系(非物質)の記憶はとろけやすい。
その情報はどんどん抽象化されていく。
1時間の講演も一言化されていきます。「人を活かして経営しよう」など。
・実体系(物質)の記憶は残りやすい。
情報ははじめから受け取り手の見た通りの情報しか
入ってこないが、一方で、それは長く残る。
自分のフィルターで概念化したものは、自分の言葉として
再現が可能。
こうなると、相手に概念的なことを100お話しするよりも
実物を100お見せしたほうが、はるかに多くのものが
相手の中に残ります。
伝えたいと思ったこと(概念)をどれほど伝えても
受け手のフィルターはそれをさらに濾して抽象化しますので。
言葉で伝達される概念系のものごとは、1分間に伝えられるのは
しゃべり手・聞き手の両方の能力がどれほど高くても、
限界があります。
人間は、1分間に60ページ分の情報を口でしゃべることはできませんし、
聞き手もその速度では、理解できません。
実体系のものは、たとえば1分間でその車を見せてあげれば、
非常に多くの情報が相手に入ります。
つややかなとそうだな、革張りのシートがすこし高そうだな、
そういった自分のフィルターを通過した情報が1分間分。
実体がなければ、その車のカタログ写真を60枚、パラパラ漫画のように
一秒一枚でみていけば、かなりの多さの情報が残ります。
実体系VS概念系
モノを説明するときには、できだけ概念の積み上げはやめ、実体系のビジョンが伝わる・頭の中に再現される、話を目指すと、「わかりやすい」と感じてもらえるようです。概念だけの話で相当する実物がない、場合も、それを何らかのアナロジーで、実態のあるものに置き直して話を進める、すると、それが残る話になります。思い出したい概念系の話は、そのアナロジーを思い出すことで再現できやすくなります。
記憶の鮮度がすぐに落ちるのが「概念系」
記憶の鮮度が長く保てるのが「実体系」
概念系を届けようとしたら、それは短い時間で、情報が抽象化して一言化してしまうと、肝に銘じたいと思います。
・続きを読む
2008年04月13日
【考察】「アイデアは批判に弱い」が意味すること
人は皆、思いついたアイデアを否定されると、
そのアイデアはひっこんでしまいます。
これはなぜなんでしょうか。
アイデアキラー行為を
だれでもしうる可能性があります。
状況が違えばそれは非常に有効な行為で
使うべきタイミングが
適切であるか、ないか、なようです。
いいかえると、
人があつまってアイデアを出して
「新しい」を作ろうとするときに、
アイデアを出す人、アイデアを伸ばす人が、
足し算になるにはどうすればいいでしょうか。
(打ち消し合い(引き算)にならないようにするにはどうすればいいでしょうか)
「人間の基本的性質」を確認してみます。
【1】人間は急激な変化を本能的に嫌う
【2】人間は同時に複数の考えを持つことはできない
【3】すぐ忘れる
以上をまとめます。
人間の基本的特性
・変化を嫌う
・同時に複数の考えを持つことはできない
・すぐ忘れる
この3つを元に、アイデアがなぜ批判されるとひっこんでしまうのか、短く考えてみます。
まず、アイデアを聞いた人は、その考えの上に立ってモノを考えないといけません。同時に複数の考えを持つことはできないので、安心できる現在状況から、そのアイデアのうたう新状態にうつるわけです。そのアイデアが変化を大きくもたらすものであれば、その状況に立つことは変化を嫌う性質がネガティブな気持ちを想起させるでしょう、とくに、リスクポイントの発見をさせるでしょう。そして、目に見えるリスクを思いつく限り述べます。なぜすぐにいうかといえば、それは、忘れてしまいそうになるからです。言わないと見つけたリスクを忘れてしまう。その衝動にかられて、辛抱強くない人は、見つけたリスクをしゃべります。わすれるのはアイデアの発案者も同じこと。短期的記憶のなかにあるアイデアを紡ぎだす途中で、そのアイデアの懸念点を出されてしまうと、そこについて考えます。同時には考えられないので、懸念点を考えてしまう。そして戻ってきたときには、もともとのアイデアが何であったのか、語っていなかった部分はもう、忘れています。懸念点をすぐに答えて戻ってくることができる場合を除いて、これが起きています。
次に、アイデアの基本的特性について考えてみます。
【1】新しいアイデアは、既存の要素に変更を求める
【2】新しいアイデアは、どうやって実現したらいいのかわからない
【3】思いついた時点のアイデアは「未成熟なアイデア」
(補足:一般に、出される懸念点は「思いつきの懸念点」です。これは批判する人がさも物知りのようになっていますが、注意深く聞いてみると、批判者も「思いつきでリスクを述べて」います。ビジネスアイデアであれば、懸念すべき9項目がありますが、それをはじから論理的にチェックして、必要なリスク点を述べている人はごくまれです。多くの人は、見渡して最初にみつけたリスク点を述べています。思いつきでしゃべるな、という人も批判では思いつきでしゃべっています。)
以上をまとめてみます。
アイデアの基本的特性
・新しいアイデアは、既存の要素に変更を求める
・新しいアイデアは、どうやって実現したらいいのかわからない
・思いついた時点のアイデアは「未成熟なアイデア」
この3つを元に、アイデアがなぜ批判されるとひっこんでしまうのか、短く考えてみます。
アイデアを9つの部位をもった「仮想動物」だと仮に考えます。(9と言っているのは絶対ではありません。ビジネスの9要素、を前提にしゃべっていますが、この限りではないとおもいます)

黄色い部位はアイデアの要素、黒い部分は部位同士のつながり、という構造の動物です。
たとえば、中央の部位を変えると、周辺の部位4つはすべてかえないといけません。下手をしたらすべてを変えないといけないかもしれません。
ある部位がこんな感じの効能のものしたら?というアイデアを出すとき、それはどうやって実現するのかを考えないといけません。つまり新しい部位としてどういう構造をもてばそれの効能が実現するのかを。
そして、連結している残りのパーツ(最低1つ、最多8つ)がどうなれば整合性がとれるのかを、考えてないといけません。
通常は、変更する部位は、思いついても残りの部位はキリがかかったように、ぼんやりとして、広がった曖昧な輪郭を持ちます。それは、選びえるパラメータを意味します。しかし、どの輪郭線をえらんでもいいわけじゃなく、すべてを任意に選ぶと整合性がたもてなくなります。なので、ぼやけているけれども、お互いに関係している、輪郭です。
アイデアに、動物の体という具体像を与えてみると、アイデアがどういう状態で最初に誕生しているのかを理解しやすくなると思います。
さて、いよいよ本題です。
なぜアイデアは批判に弱いのか。
その構造から示唆を探します。
アイデアは、誕生したては、9つのうちの1つが、しかもその理想状態だけが、現れます。一方で、人間は基本的特性があり、変化が不安であり、一度に一つのことしか考えられず、思いついたことを忘れっぽくもある。
新しい可能性が、未知の、繊細で曖昧な複数の輪郭線をもった、ひどく不完全な存在であるのに対して、人間は、既存の、ただ一つの明確な輪郭をもった、安心できる具体的存在の上に立っています。
性質の違う「概念」の存在と、「実体」の存在。
この2つを同じ扱いで考えてしまうと、性質上、弱い方(アイデア)がすぐにダメになります。なので、十分に育ててから、同じ土俵に乗せる必要があります。多くの創造系の先人が発言するこの発言には、水面下に上記のようなものがあるのだと思います。
最後に、考えたいのは、「いつ、反転させるのか」ということです。
反転、と表現しました。反転というのは「概念」から「実体」に転換する、という意味で。
これがわかると「批判や懸念事項をいつ出すべきか」のコツがわかります。私を含め、多くの人にはそれはわかりません。私も創造活動において、判断に迷うことが結構あります。
やわらかいアイデアを、強いくさびでその存在を頭に留め打つ。それぐらいまで実体化するには「こうだったらいいのにな」と「具体的にこうやって実現しよう」までをセットで持つことが重要。ここまで来ると、批判のある領域に持っていくことで、実効性の高いものができます。(逆に、8部位を、概念の領域で決めると、決めすぎる、つまり、現実の世界で、相容れない構成になってしまいがちです)
以上が、人とアイデアの基本特性とその周辺に絡む事項でした。
この辺については、さらに、創造工学の研究の中で整理して、シンプルにしてみたいと思います。アイデアを出すときのガイドラインとしてブレインストーミングがありますが、それがどうして正しいのか、局面ごとに最適な調整をうける「特殊ブレインストーミング」が存在するとしたらそれはなにか。そういったことへ発展させたいと思います。
そのアイデアはひっこんでしまいます。
これはなぜなんでしょうか。
アイデアキラー行為を
だれでもしうる可能性があります。
状況が違えばそれは非常に有効な行為で
使うべきタイミングが
適切であるか、ないか、なようです。
いいかえると、
人があつまってアイデアを出して
「新しい」を作ろうとするときに、
アイデアを出す人、アイデアを伸ばす人が、
足し算になるにはどうすればいいでしょうか。
(打ち消し合い(引き算)にならないようにするにはどうすればいいでしょうか)
「人間の基本的性質」を確認してみます。
【1】人間は急激な変化を本能的に嫌う
既存のやり方を、大きく変えると、読めないリスクが生じます。それが生存を脅かす可能性を想起させます(イマジネーションの誤用)。
「変化の恐怖」がないのは、経験(良い経験、悪い経験)がない人と、道を極めた人(その分野の多様な可能性を熟知した人)だけです。
よく、地域変革・組織変革の成功ケースを学ぶと「この地域には何もなかった。危機感だけがあった」という声が共通してきかれます。危機感は「このまま行けば、悪くなっていく」という変化の恐怖にさらされている状態です。このときは変化を伴う選択肢が受け入れやすい状態たいです。何もしない、という選択肢も「変化をもたらす」という状況ですから。
【2】人間は同時に複数の考えを持つことはできない
短い時間、たとえば3秒などの時間で、2つの考えを同時にはできません。長い時間で複数のことを考えるのは、時間分割して、最初の10分はA案、次はB案、として考えています。もっと頻繁に切り替えて考えている場合も「切り替えて」いるのであって、同時に考えているのではありません。
ただ、例外的に、同時に複数の考えを持つこともあります。しかしこれは論理的には考えていません。(時折新しいアイデアはそういう融合から出てくることもあるので一概にNGとはいえませんが、論理的思考という意味では、NGです)。人間が頭の中で思い悩んで決めかねている時、この状態は起こっていることがあります。
【3】すぐ忘れる
閃いたこと、あるいは、だれかのアイデアに「こんな懸念点がある」ということを気がついたこと。これらはいずれも、光のたゆたう帯のように、短期的記憶の中に生まれていす。閃いたことは、そのあとに何を話しかけられると忘れてしまいます。「なにか思いついたんだけど・・・」という感触だけが残ります。懸念点を思いついた時も同じです。すぐに出さないと「あれ、さっき、気になる点があったんだけど・・・」と。
これを忘れないようにするには、繰り返し繰り返し思い出す(頭の中でつぶやく)ことをします。形が溶けてなくなりそうな概念空間でのひらめきを繰り返し意識の光を当ててやることで、輪郭がぼけていくのを抑制します。しかし、この作業をしていると、新しくモノを考える力は低下しています。「覚えておく」ことと「新しいことを考えつく」こととは、同じ頭の領域(短期的記憶の領域、かもしれません)を使っているようです。
覚えておくことがいっぱいとき、人は閃きにくい。人間が忘れっぽいのは、人間らしさ、でもあるようです。オズボーンの著書によれば、動物は人間よりずっと詳細な記憶を長い時間保つそうです。人間が創造的思考をもったことは、頭のある領域を「忘れていくことで閃く余地をあけている」からかもしれません。
以上をまとめます。
人間の基本的特性
・変化を嫌う
・同時に複数の考えを持つことはできない
・すぐ忘れる
この3つを元に、アイデアがなぜ批判されるとひっこんでしまうのか、短く考えてみます。
まず、アイデアを聞いた人は、その考えの上に立ってモノを考えないといけません。同時に複数の考えを持つことはできないので、安心できる現在状況から、そのアイデアのうたう新状態にうつるわけです。そのアイデアが変化を大きくもたらすものであれば、その状況に立つことは変化を嫌う性質がネガティブな気持ちを想起させるでしょう、とくに、リスクポイントの発見をさせるでしょう。そして、目に見えるリスクを思いつく限り述べます。なぜすぐにいうかといえば、それは、忘れてしまいそうになるからです。言わないと見つけたリスクを忘れてしまう。その衝動にかられて、辛抱強くない人は、見つけたリスクをしゃべります。わすれるのはアイデアの発案者も同じこと。短期的記憶のなかにあるアイデアを紡ぎだす途中で、そのアイデアの懸念点を出されてしまうと、そこについて考えます。同時には考えられないので、懸念点を考えてしまう。そして戻ってきたときには、もともとのアイデアが何であったのか、語っていなかった部分はもう、忘れています。懸念点をすぐに答えて戻ってくることができる場合を除いて、これが起きています。
次に、アイデアの基本的特性について考えてみます。
【1】新しいアイデアは、既存の要素に変更を求める
新しいアイデアを実行するには
既存の要素を何かしら一つ(以上)変更しなくてなりません
何一つ変更する必要の無いものは
”今まで通り”のやり方を別の表現にしただけです。
【2】新しいアイデアは、どうやって実現したらいいのかわからない
「こうであったらいいのにな」が、まずひらめきます。
次に「それをどうやって実現すればいいのか」を考えます。
しかし、新しいアイデアは、実現方法が見つからないことが多いです。
すぐに実現方法が見つかるのは、おとなしいアイデアの場合だけです。
【3】思いついた時点のアイデアは「未成熟なアイデア」
ひらめいたアイデアは9つの試練を受けます。
「こうだったらいいのにな」について、
「それをどうやって実現すればいいのか」(実現方法)が
1つ目の試練です。
2つ目〜9つ目の試練は
「影響する要素(6W3Hのうち8つ)は、リスクがないのか」
です。
未成熟なアイデアが、実行可能なアイデアと評価されるのは、
この9つの問に答えられた場合だけです。
(補足:一般に、出される懸念点は「思いつきの懸念点」です。これは批判する人がさも物知りのようになっていますが、注意深く聞いてみると、批判者も「思いつきでリスクを述べて」います。ビジネスアイデアであれば、懸念すべき9項目がありますが、それをはじから論理的にチェックして、必要なリスク点を述べている人はごくまれです。多くの人は、見渡して最初にみつけたリスク点を述べています。思いつきでしゃべるな、という人も批判では思いつきでしゃべっています。)
以上をまとめてみます。
アイデアの基本的特性
・新しいアイデアは、既存の要素に変更を求める
・新しいアイデアは、どうやって実現したらいいのかわからない
・思いついた時点のアイデアは「未成熟なアイデア」
この3つを元に、アイデアがなぜ批判されるとひっこんでしまうのか、短く考えてみます。
アイデアを9つの部位をもった「仮想動物」だと仮に考えます。(9と言っているのは絶対ではありません。ビジネスの9要素、を前提にしゃべっていますが、この限りではないとおもいます)

黄色い部位はアイデアの要素、黒い部分は部位同士のつながり、という構造の動物です。
たとえば、中央の部位を変えると、周辺の部位4つはすべてかえないといけません。下手をしたらすべてを変えないといけないかもしれません。
ある部位がこんな感じの効能のものしたら?というアイデアを出すとき、それはどうやって実現するのかを考えないといけません。つまり新しい部位としてどういう構造をもてばそれの効能が実現するのかを。
そして、連結している残りのパーツ(最低1つ、最多8つ)がどうなれば整合性がとれるのかを、考えてないといけません。
通常は、変更する部位は、思いついても残りの部位はキリがかかったように、ぼんやりとして、広がった曖昧な輪郭を持ちます。それは、選びえるパラメータを意味します。しかし、どの輪郭線をえらんでもいいわけじゃなく、すべてを任意に選ぶと整合性がたもてなくなります。なので、ぼやけているけれども、お互いに関係している、輪郭です。
アイデアに、動物の体という具体像を与えてみると、アイデアがどういう状態で最初に誕生しているのかを理解しやすくなると思います。
さて、いよいよ本題です。
なぜアイデアは批判に弱いのか。
その構造から示唆を探します。
アイデアは、誕生したては、9つのうちの1つが、しかもその理想状態だけが、現れます。一方で、人間は基本的特性があり、変化が不安であり、一度に一つのことしか考えられず、思いついたことを忘れっぽくもある。
新しい可能性が、未知の、繊細で曖昧な複数の輪郭線をもった、ひどく不完全な存在であるのに対して、人間は、既存の、ただ一つの明確な輪郭をもった、安心できる具体的存在の上に立っています。
性質の違う「概念」の存在と、「実体」の存在。
この2つを同じ扱いで考えてしまうと、性質上、弱い方(アイデア)がすぐにダメになります。なので、十分に育ててから、同じ土俵に乗せる必要があります。多くの創造系の先人が発言するこの発言には、水面下に上記のようなものがあるのだと思います。
最後に、考えたいのは、「いつ、反転させるのか」ということです。
反転、と表現しました。反転というのは「概念」から「実体」に転換する、という意味で。
これがわかると「批判や懸念事項をいつ出すべきか」のコツがわかります。私を含め、多くの人にはそれはわかりません。私も創造活動において、判断に迷うことが結構あります。
私の現在のお勧めはこうです。
「新しい部位を確定させる、しかも十分魅力的に引き出して。」
ここまでは、概念の領域。
ここから、残りの8部位との整合性を懸念するのが、実体の領域。
やわらかいアイデアを、強いくさびでその存在を頭に留め打つ。それぐらいまで実体化するには「こうだったらいいのにな」と「具体的にこうやって実現しよう」までをセットで持つことが重要。ここまで来ると、批判のある領域に持っていくことで、実効性の高いものができます。(逆に、8部位を、概念の領域で決めると、決めすぎる、つまり、現実の世界で、相容れない構成になってしまいがちです)
以上が、人とアイデアの基本特性とその周辺に絡む事項でした。
この辺については、さらに、創造工学の研究の中で整理して、シンプルにしてみたいと思います。アイデアを出すときのガイドラインとしてブレインストーミングがありますが、それがどうして正しいのか、局面ごとに最適な調整をうける「特殊ブレインストーミング」が存在するとしたらそれはなにか。そういったことへ発展させたいと思います。
2008年04月12日
2008年04月11日
成し遂げようとしていることを信じて進め
どこか筋の通った人や躍動的な人生を送っている人には、「彼なりの正解を貫いている」という共通点がありそうです。
組織においては、おうおうにして逸脱者であり、やっかいものであるのかもしれません。自分にわがままであり続けることは本人にとってもそう簡単ではありません。それを貫いていることは高く評価されるべきなのかもしれません。
本当に大切なものはなんなのか。
それをいつも心にとめて目をこらさないと、価値を創る仕事や、可能性を開く仕事はできない、そんなことをふと思いました。
幕末の坂本龍馬のようにいいきりたいですね。「世の中の人は何とも云えばいへ わがなすことは われのみぞ知る」
人は何とでもいえ。成し遂げようとしていることを信じて進めば良い
(石井解釈)
組織においては、おうおうにして逸脱者であり、やっかいものであるのかもしれません。自分にわがままであり続けることは本人にとってもそう簡単ではありません。それを貫いていることは高く評価されるべきなのかもしれません。
本当に大切なものはなんなのか。
それをいつも心にとめて目をこらさないと、価値を創る仕事や、可能性を開く仕事はできない、そんなことをふと思いました。
幕末の坂本龍馬のようにいいきりたいですね。「世の中の人は何とも云えばいへ わがなすことは われのみぞ知る」
人は何とでもいえ。成し遂げようとしていることを信じて進めば良い
(石井解釈)
2008年04月10日
2008年04月09日
ノート1つで100個以上のアイデアを出す方法
手法の要約
1.動物を思い浮かべ、連想できることを書き出す
2.「書き出した言葉」×「アイデア出しのテーマ」でアイデアを出す
3.だめなら、すぐパスする
2008年04月08日
世界中から尊敬される企業とは
私は「世界中から尊敬される企業が次々と輩出される社会を創りたい」という信念にもとづき、行動をしています。
その「世界中から尊敬される企業」とは、を一言で表現すると次の言葉になります。

頭の中に具体的に存在するモデル企業があります。島根の中村ブレイスです。(ブレイス=義足などを意味する言葉)
彼らのつくる製品は実にすごい。続きを読む
その「世界中から尊敬される企業」とは、を一言で表現すると次の言葉になります。

頭の中に具体的に存在するモデル企業があります。島根の中村ブレイスです。(ブレイス=義足などを意味する言葉)
彼らのつくる製品は実にすごい。続きを読む
2008年04月07日
【絵本】新しいアイデアを採るための4つの約束
今回は「アイデアの貝」を潜って採る話です。
新種のアイデア貝を発見しよう
海で貝を採っている
村人たちがいます。
右側は浅くて明るい海、
左側は深くて暗い海。

まえがき:
昨日のブログでは
ブレストの逆を考えることで、
示唆がありました。
それをもとに、
「今まで誰もが採ってきたような
平凡なアイデアではなく、
もっと魅力的なアイデアを見つける」
ための約束ごとを
ストーリーを通して
考えてみます。
新種のアイデア貝を発見しよう
海で貝を採っている
村人たちがいます。
右側は浅くて明るい海、
左側は深くて暗い海。



