アイデア創出のための方法。
これは、古くて新しい技法(=古くからあり、今なお新しいものが生み出される技法)の典型だと私は思います。
人間が集まって発想を引き出し合って創造的な案にいたる、という活動は古今東西存在しています。ある時代に、ブレインストーミングと言うスタイルが登場しそれは広く受け入れられ活用されます。
そして多くの創造技法と同じく、「活用しにくい、表面的ななぞり方」によって、多くの否定的印象も付随していきます。
私の研究領域は、創造工学、とくにプレインストーミングのプロセスや効果性に強く興味を持って研究と社会における実践をしてきました。その中では、「メンバーの資質によって、ブレストのやり方を、臨機応変に変えて実践することが大事」だと痛感しています。
さてでは、ブレインストーミングのやり方にはどんなものがあるのでしょうか。
代表的なものを一覧で示します。
(もちろん、この4つしかない、というわけではなく、創造技法の世界中の文献には「〇〇式ブレインストーミング」という名称で、概要や実践の中身が記されています。そうした中でも領域を超えて広く使われて、本質のシンプルさまでたどりついているものを上げると、この4つになります。)
ただ、会話しながらアイデアが出ればそれが一番簡単でいいので、それができる場合は、ここに書いてあることは無用です。もし、なかなかブレストがうまくいかないならば、読みすすでみてください。
ブレストの代表的な派生形には
- 5分交代のペアブレスト(スピードストーミング:SS)
- 黙ったままやれる書くタイプのブレスト(ブレインライティング:BW)
- 一人の時間と集団の時間を交互に取るブレスト(フリップボード・ブレインストーミング:FBS)
- Whatだけのブレストをしてから、Howのブレストに入るやり方(二段階ブレスト)
があります。
どの技法も、長所があれば、その裏返しに短所があります。
それぞれの特性を見極めて使い分けられるならばクリエーティブ・リーダーとしては、アイデア創出の活動を成功させやすくなります。
それぞれのブレストのことは、このブログの検索窓で引いていただくとして、ここでは、VE協会のアイデア創出の講義用に作ったスライド「二段階ブレインストーミング編」のスライドを紹介します。
中身の説明は、このスライドに加えて口頭で行いますので、資料としては自己完結していないかもしれません。
ですが、すごく器用な人なら、たぶん、このスライドを使って、学習と技法の利活用が出来るでしょう。そういう方に活用してもらえたならば幸いです。
私はいろんなところで、講義や講演やファシリテーションをしますので、もしご要望があれば、「あのスライドの中身、ちょっとダイジェストでしゃべってよ」と言ってもらえればしゃべります。
(( 長い、石井の蛇足 ))
ブレインストーミングの派生形は、この二段階ブレストに限らず、面白い示唆を与えてくれます。
まず、一度、別の話からしますが、人間が認知(知覚〜記憶〜思考)をする処理する力は有限で、処理資源、という概念があります。
ブレインストーミングに戻りますが、ブレスト中は、この認知のいろんなステップの作業を同時進行で非常に高負荷で行っています。
きわめて単純な構図で言えば、認知資源が有限であるため、CPU100%を超える認知活動では、処理こぼれが起こります。(考え込んで人の発言を殆ど聞いていない、とか、記憶と言語処理に専念して何も考えていないとか。)
それでもだんだんとブレインストーミング自体に慣れていいって、処理がうまくなっていきます。
ただ、人によってこういう「わいわい話しながらがなじむ人とそうで無い人」がいるわけです。何もコミュニケーションが苦手、という人ばかりではありません。人が話しかけてきている状態で深い概念加工のような思考はしにくい、これは多くの人に共通する当たり前のことです。
そういう側面を考慮することを、人は次第にし始めます。
また、企画と言うのは大きな情報を持っている構造化概念です。一方で、アイデアを思いつくときには人は一部しか思いつけない処理限界があります。ですので、いっぺんにすべてを伴った案の提示を求めると、処理負荷が高すぎて、うまく こなせません。
そして、こういう理屈は明確に意識しなかったとしても、取り組みつつ付ける人たちは自然と「処理作業をスモールステップに分けてみたら?」という意識が徐々に芽生えます。
行動を時間軸上でデザインする、という「構造化をもったブレインストーミング」のやり方を試行錯誤していきます。
そうした多様な営みの中で収れんし残ってきたのが、先にあげた4つである、と、研究、と、実践者の半々の立場である石井の目には映ります。
(( もっと長い、石井の内省の話。蛇足その2 ))
もちろん、そんなことをしなくても、エクセレントアイデアにたどりついた事例はゴマンとあります。ブレスト、というコトバがなかった時代には人類は何一つ発明をしていないのか、といえば答えはノーです。
何度もそれについて考えるだけの日数があれば、次第に生成した概念要素を軽い負荷で扱える(概念加工の操作が出来る)ようになります。そして、処理が有意味のレベルに到達したときに、視界が開けたように、アイデアを表現することができるようになります。
10年の歳月を経て、一つの問題に打ち手を打てばよかった時代と、数日で一つの創造的小さい成果を上げなければならない、マイクロ創造性の発揮が必要な現代の企業の現場では、だいぶ置かれた状況が違います。
チームの創造性を引き出して活用するテクニックをいくつも身に着けておくことが必要になったのは、たぶん、現代の要請なのでしょう。
とはいえ、創造性の本質はまだまだ未踏の闇が深い研究分野です。目安や経験則として使える武器もあるので、それはどんどん活用するのですが、本当にエレガントに、創造の真理を我々が知るにはまだまだ時間がかかりそうです。
実用と学問の二つの車輪が相互に駆動力をもってこそ、知のフロンティアは進んでいく。私はそう思います。創造性の研究者としてのスタンスも、アイデア技法の講師やファシリテータ(時には、企業内の新規アイデア創出のサポートも)するのは、そういう二つの車輪の回転を止めないため、の姿勢でもあります。
長い、蛇足でした。