未来年表を、つぶさに見ていました。
特に「交通」の未来の「2050年ごろ」をみていました。
興味を惹かれるものを見てゆくと、35年後の世界、つまり、子どもが今の私ぐらいの年齢のころ、世の中に自動車や乗り物がどういう形で存在しているのかが、うっすらと想像できます。
とても興味深い世界です。
【人】【社会インフラ】【技術】の発展は、「過去2N年の変化量」をもって、「未来N年先までの変化量」を大まかに推測することができます。
(開発工学の一つであるTRIZに出てくる 9画面法 の知見より。)
(開発工学の一つであるTRIZに出てくる 9画面法 の知見より。)
35年先の未来を想像するならば、70年前から現在までの「人、社会インフラ、技術、の発展変化量」を調べ、現時点からそれと同じ分だけ、変化させたところまで行く、というわけです。
2016年の70年前、といえば、1946年です。
1940年代をWikiでみると、第二次世界対戦が終わり、GHQが日本にいたり、テレビ放送が始まったり、という時代でした。
自動車の歴史を調べてみると、GHQの縛りがとけ、国内の主要自動車メーカが外国メーカのノックダウン方式で生産を再開し、トヨタは初代のクラウンを作った時代でした。
その頃の自動車から現在のスバル車などにあるような半自動運転車の段階まで進化しました。
道路も高速道路が広がり自動料金ゲートなどができてきました。
では、この変化量と同じだけ、今から進化させたらどこにたどりつくのか。
それを想像すると、かなりいろんなことが想像できます。
そこから想像されるイメージと符合するような、未来年表の2050年ごろの予測に面白い未来予測群が列記されています。
「EVに対する高速道路でのワイヤレス送電」
「自動運転の標準化にともなる運転免許制度の廃止」
過去の変化量から外挿する未来像も同じような着地点を浮かび上がらせます。
21世の半ばころには、この辺は、妥当な未来であるのだと、思われます。
交通手段がこういう風になっている世界において、人々がどういう日々を送っているのか。
私は仕事上の調べものの一環で調べていたのですが、これを想像するだけでもずいぶんとよいイマジネーションの訓練になりそうです。