「足りない人同士は、助け合う。
助けたり助けられている状況の方が人の心は精彩である。
足りないものが多い”途上の社会”の方が実は豊かな日々を送っている。」
食料が枯渇しかけていた時期、そんなことを、ふと感じました。
(3月17日のツイートにその記録があります)
21世紀初頭の物質的な豊かさに満ちた日本は
体さえ丈夫ならなんでも自分でやることができて、
人に頭を下げる機会が枯渇した社会でした。
便利で必要な物は安く手に入る生活。
それは助ける機会もなく、
助けてもらう機会もない生活。
みんな内側は暖かいのに、
その暖かさを表面化させずに
ドライな関係を醸成してしまう土壌。
それが、物質的に不自由しない経済発展の
行きついた所でした。
21世紀初頭、「物持ち」になった人々は、
もう新しい物は買わなくなりました。
この路線の経済発展には、この辺が
ゴールであったのかもしれません。
これから、東北は復興します。
経済と生活を再起動する中で
「物質的繁栄=青天井の幸せ増加」路線を
踏襲すると同時に、今回若い世代も気が付いた
「足りないと助け合う暖かさ、心的な豊かさ」が
実は日常のすぐ近くにある。
そのことに立脚した『新しい発展』を
遂げると思います。
いままでも、NPO、共益、ソーシャルビジネス、等の言葉で活動がありました。私がかつて駐在したデュナミスもそういう要素を非常に強く持っている組織でした。なのでまったく新しいものであるわけではないのは承知しています。一方で従来は、「社会貢献、社会貢献、いっている人って何が狙いなの」「なんで儲かりもしないソーシャルベンチャーをやるんだ。」というムードも決して少なくなかった。そういう従来の社会の空気は大きく変わるでしょう。「物質的繁栄=青天井の幸せ増加」路線もやるけど、同時に、従来ビジネス組織が苦手としていた「心的な豊かさを増加させる=青天井の幸せ増加」路線も、きっとかなりの数、登場でするでしょう。
・・・そう思うのです。
言葉にならずに、東北の今回の出来事に居合わせた人々に「なにか」をしみこませまたように思います。
私が受け取った「それ」は、これまでの志をもっと強めるものでした。
世界中から尊敬される企業が次々と
輩出される社会を創りたい。
私の「尊敬される企業」の心の中のモデルは、島根の中村ブレイスさんです。
中村ブレイス訪問記(2008年1月)
http://ishiirikie.jpn.org/article/9117322.html
石井定義)世界中から尊敬される企業(石井定義) (2008年4月)
http://ishiirikie.jpn.org/article/13701305.html
そういう企業が東北から次々と輩出される社会を創りたいなあと思って、私はアイデアプラントという創造支援の事業を行っています。アイデアプラントの理念である「創造的な人や組織が次々と生まれてくる社会を創りたい」は、よりその先に、この尊敬される企業が輩出される20年後を作りたい、という思いがあります。助けたり助けられている状況の方が人の心は精彩である。
足りないものが多い”途上の社会”の方が実は豊かな日々を送っている。」
(3月17日のツイートにその記録があります)
体さえ丈夫ならなんでも自分でやることができて、
人に頭を下げる機会が枯渇した社会でした。
それは助ける機会もなく、
助けてもらう機会もない生活。
その暖かさを表面化させずに
ドライな関係を醸成してしまう土壌。
行きついた所でした。
もう新しい物は買わなくなりました。
この路線の経済発展には、この辺が
ゴールであったのかもしれません。
「物質的繁栄=青天井の幸せ増加」路線を
踏襲すると同時に、今回若い世代も気が付いた
「足りないと助け合う暖かさ、心的な豊かさ」が
実は日常のすぐ近くにある。
そのことに立脚した『新しい発展』を
遂げると思います。
輩出される社会を創りたい。
http://ishiirikie.jpn.org/article/9117322.html
http://ishiirikie.jpn.org/article/13701305.html