2015年11月22日

アイデア型産業の出現場所の特徴

今日は船橋のホテルで仕事をしています。

ホテルのフロントには、フナッシーのアイテムがたくさん。さすがフナッシーの本拠地。



さて本題。


”サイエンスと産業の距離が近い事業を〔サイエンス型産業〕と呼びます。


その構造を援用するならば〔アイデア型産業〕とでも言うべきものもあるのでしょう。

つまり、アイデアと産業の距離が近いタイプの事業です。”


かつて、ITmediaのブログを執筆をしていたことがありますが、そんな話題を記事に何度か書いていました。


文章は今読み返すと誤字も多く雑な作文でした。

ですが、現在の私にとってのヒントも書いてありました。


「アイデアと産業の距離が近いものには、何があるだろうか。」



この記事の中で「「アイデア」と「事業」との距離を短くしてくれる要因」を列挙しています。


5年の時を超えて今なお示唆として、社会を見るときのヒントにしたいものが果たしてあるだろうか、と精査してみますと、6つほどありました。



idea-based_industry__.jpg



【無形の部分】


  • 感性的な消費、効率的体験、感動要素などにウエイトがある。
    (物体は「無形部分のミニマルな入れ物」)

【物質(有形の部分)】


  • 質感・テイストと呼ばれる特徴を持つ
     (しかしそれは必ずしも無形的価値を担持している物体部分ではない。いわば、コンテンツの質感、というようなもの。)

  • 作品とよばれたり、アートに近い要素を持つ

  • マニュアルを見ずに利用できる。
    (単純なナニカである)

【人】


  • 社会の変化・新技術の台頭によって潜在的に増加するある種の人々

  • 狭く濃くファン的
    (楽しみかたを自ら作る。欠点を特徴と捉える)


※当時の内容に対して、新しい分類をつけ、表現部分も修正しています。

※具体を、長々と書こうとして、やめました。具象は時の風化に耐えられません。

上記の6つは、新しい製品やビジネスを構想するとき、アイデア型産業の特徴が意識の片隅にあると思い描くものを実現しやすくする派生案も考案しやすくなります。


網羅からは程遠いものではありますが、考えるヒントにするためにリバイスしてみました。

posted by 石井力重 at 19:00 | 研究(創造工学)/検討メモ&資料

2015年11月09日

〔道理にかなっている批判〕と〔思い付きの批判〕と、もう一つ。

創造的挑戦の所有者たちにむけた応援メッセージとして、今日は綴ります。

批判というものは、創造のためのスパイスであり、正しく利用しなければなりません。
そこで、批判をなんでもすぐに創造的思索の囲いの中にとりこむことなく、「門番」を置いてほしいのです。

そんな話を書きます。
  

創造的精神と批判的精神は大事なものです。
両方がつよくなければ、優れたものを生み出せません。

しかし、同時に使うと折り合いが悪く、早すぎる判断力の使用は、優れた可能性すらも、枯らせてしまいます。

自分の中に沸く批判でもその対処は難しいものですが、他者が投げかけてくる批判というは、さらに強い力をもち、影響してきます。


批判にも二種類があります。〔道理にかなっている批判〕〔思い付きの批判〕です。

(「道理にかなっている」は「筋の通った批判」という表現もありえるでしょう。辞書的には、同等ですから。)

当人以外の万人は、自分の創造的挑戦のオーナーではありません。

そうした人々の中でも、当人のためを考えて熟慮できる暖かい心とその挑戦に対する経験と知識を十分にもった人だけが、優れた批判を提供することができる可能性を持っています。

大学院のゼミなどで優秀な先人(教授など)が、熟慮された批判というものを、繰り出してくれた機会のある人は分かるでしょう。本当の良い批判というものを。

大辞泉を引くと、【批判】は、次の3つになっています。
  1. 物事に検討を加えて、判定・評価すること。「事の適否を―する」「―力を養う」
  2. 人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること。「周囲の―を受ける」「政府を―する」
  3. 哲学で、認識・学説の基盤を原理的に研究し、その成立する条件などを明らかにすること。
本来、批判というのは、〔道理にかなっている批判〕でなくてはなりません。

〔思い付きの批判〕というのは、ぎりぎり甘めの判定にみて「項目2」をかすめている、といったところです。

批判=〔道理にかなっている批判〕、なのだとしたら
??=〔思い付きの批判〕なのでしょう。

大辞泉でそれらしい言葉を引くと、

【批難】=人の欠点や過失などを取り上げて責めること

が、隣接概念として浮かびます。

批判の項目2、と、批難、は、似ていますが「指摘し、正すべきであるとして論じる」vs「取り上げて責める」という点が違うことが分かります。

ここからわかるのは、その「欠点を言ってくれる人」との熟議により「正すべきもの」を見出せるか、どうか、が肝であること。

筋の通った批判、からは、それが展開できます。
発展の材料になるコメント、という性格も持っています。

思い付きの批判、からは、それは展開できません。
迷いの材料になるコメント、という性格も持っています。

批難、からは、それは展開できません。
消耗の材料になるコメント、という性格も持っています。


さて、石井の考えを一歩踏み込んで書きます。

あなたが創造的挑戦のオーナーであるならば、〔道理にかなっている批判〕をする人が周りに必ず現れてくれます。その人は、あなたを愛してくれている人でしょう。友人だったり師事するひとだったり。その人の批判からは熟議をして正すべきものを見出す、ということをするとよいでしょう。熟議といっても激論とかはしなくていいでしょうけれど、「なぜ?」「改善の手がかりは?」ということを共に紡ぎだせるはずです。

思い付きの批判、および、批難、については、「創造的思索な心の営み」の入口に「門番」を立たせておいて、入場まかりならん、と、ガードさせるべきです。

しかし、〔思い付きの批判〕については、うっすらとした可能性を気づいて教えてくれているシグナルが含まれていることもあります。それは捨ててよいのでしょうか。

私はこう考えます。それが時を経て発酵して中から良いものが出てくることもきっとあろう。しかし、それは今は食べられない渋柿。しばらく、門番エリアにおいて、天日にさらしておく。そのうち、いいものが香ってくるかもしれない。それまではほおっておく、と。中にはなにもでてこないものもある。(こっちが多い)

創造的思索の囲いの中に、挑戦の速度や感性のエッジを鈍らせるようなものを入れない方がいい。挑戦はサイクルを小さく早く回して、具体的に間違って発展するもの。そのサイクルの速度を迷いが下げるようならば挑戦の妨げです。

自分が、度量がむちゃくちゃでかい、という人は、重たい荷物も抱えたまま、創造と批判の乱気流の中を飛翔できるでしょう。そういう人は、いいんです。どうやっても行ける。

しかし、多くのわれわれ普通の人々が、まだ若く非力な想像の翼で高く舞い上がるときには、重たい荷物は少ないほうがいい。
そういう時には、迷いとなるものは、ひとまず、門番預かりで、いいじゃないですか。

・・・以上、石井の考えでした。

創造工学において、批判を思いっきり使うプロセスがあります。PPCOのCフェーズです。そこでは、思い付きの批判も大量生成をするわけですが、全部をそのあとのフェーズに持ち込みません。思い付きの批判はより到達点の高い批判の創出のための踏み台として、役目を終えて次のフェーズにはもちこませません。

創造と批判の両刀遣いにおいて、大事なことは、「〔発展に使う〕批判と〔要らない〕批判を見極める良き門番を育てておくこと」だと、思います。

石井自身が、人の発表をきいて厳しい視点でコメントを言わないといけない局面では、同時に心でそのようにも思っていますし、私がかつてビジネスプランコンテストに挑戦者として出場していた時期に、辛辣コメントに対して馬耳東風に涼しい顔をしているね、といわれましたが、僕の門番が強いので、有益なことは「発展のいい材料を聞いた」と思って取り入れ、一考に値しないコメントは門番あづかりのまま10年が過ぎました。

10年たって、そのコメントが本物だったか、偽物だったかを知る機会が、アイデアの専門家になった今、日々、分かる出来事にめぐりあいます。今だからわかるようになったことも1/1000ぐらいの確率であります。ですが、900/1000は間違った指摘でした。それに向き合って、道を変えていたら、今とは違っていたでしょう。
posted by 石井力重 at 00:08 | 研究(創造工学)/検討メモ&資料

2014年06月30日

「理論的飽和」要素収集を続けていくと、もうこれ以上新しいカゴが追加されない状態になる

ある領域で要素を集めていき、それらを似ているもの同士を同じカゴにーにいれていく努力をつづけていくと、ある時点で、もうこれ以上新しいカゴが追加されない(飽和)、という状態になります。

この”カゴ(認知できるカテゴリー)が飽和すること”ことについて、あるとき、とある先生が、私のプレゼン中に言及したその現象を受けてそれが”認知飽和”である、コメントをしてくれました。

私もそれに習って”認知飽和”という表現でこの現象をよんでいました。(しかし、認知飽和、という表現は、本もネットも探しても殆ど出てこず、何か、聞き間違えていたかもしれない、と思っていました。)

最近、ある研究発表を聞いていて、正しい呼び方と、理論的土壌にたどり着くヒントをもらいました。やはり、認知飽和、ではありませんでした。理論的飽和、です。過去の表現の訂正しつつ、理論的な情報をいくつかシェアします。

「研究テーマに関して,文献・面接・取材・自由記述等などの様々な媒体,あるいは単一の媒体からカテゴリーを抽出しカードなどの記録媒体に蓄積し,テゴリーのサンプリングを続けると,ある時点で,研究テーマに直結した新しいカテゴリに出会わなくなる(たとえば面接しても,新しい話があまりでなくなる)。この状態が近似的な理論的飽和である。」

早稲田大学 豊田秀樹先生のサイト
http://www.waseda.jp/sem-toyoda-lab/kyoshin53/ 

少し本格的に述べるならば、まずこの辺の話題のベース的な概念、「グラウンデッド・セオリー・アプローチ」から紹介したいところ。以下、引用します。

「グラウンデッド・セオリー・アプローチは,理論生成を目指すもの」

「社会に見られる諸事象を,何らかの共通性・類似性・関連性等をもとに,分類して(classify),グループ化したものは「カテゴリー」,ときに「クラス」(class),と呼ばれます(グループ化をカテゴリー化といったりします)。」

「事象を分類するだけの意味の「カテゴリー」を生成することは不十分であり,抽象化・概念化への強い志向があります.」

「「カテゴリーとは,データから引き出された概念であり,現象を表すものである.・・・現象とは,私たちのデータから出てきた,重要な分析上の考えである.『ここで何が起こっているのか?』という問いへの答えを与えてくれる.現象は,研究対象となっている人々にとって重要な問題,結果,関心,事柄を描写している」(ストラウス&コービン, 2004, p. 142)」

山口大学 関口靖広先生のサイト


そして、このGTA(Grounded theory approach)における”理論的飽和”について、冒頭の豊田先生の引用コメントを含んだ文章をもっとたくさん、以下に引用します。

「記述的なデータを使って量的なものに還元しにくい言語的・概念的分析を行う質的研究(qualitative research)は,これまで科学的なアプローチを重視してきた様々な学問分野で認知され,近年,注目を集めるようになってきた。

 量的研究が統計的サンプリングを利用するのに対して,質的研究ではその研究の過程において理論的サンプリング(theoretical sampling)を重視する。

理論的サンプリングを,グレイザー・ストラウス(1996)は"理論を産出するために行うデータ収集のプロセス"と定義する。理論的サンプリングはリサーチの開始時点でサンプル数を予めはっきり決めておくことは難しい。

 理論的サンプリングでは,研究テーマに関して,文献・面接・取材・自由記述等などの様々な媒体,あるいは単一の媒体からカテゴリーを抽出しカードなどの記録媒体に蓄積し,テゴリーのサンプリングを続けると,ある時点で,研究テーマに直結した新しいカテゴリに出会わなくなる(たとえば面接しても,新しい話があまりでなくなる)。この状態が近似的な理論的飽和である。

 能智(2004)は,"理論的飽和に達するまで,つまり,理論やモデルが形をなし,それを使えば新たなデータも説明ないし了解が可能になるまで,サンプリングは続けられることになる。もっとも「飽和」の判断はそれほど簡単ではなく,実際には,できあがったモデルの説得力や整合性などの基準をみたした時点で,サンプリングが終えられることが多い。その基準については質的研究の評価方法とも関わってくるだろう"と述べている。」

と展開されています。

この辺の話は、面白い話がいっぱいあるので、関連する情報をもっと調べてみたいと思います。

最後に、今日の学びをまとめます。

  • 新しい領域に入ると、次々、新しい要素が出てくる。

  • ある領域で要素を集めていき、それらを似ているもの同士を同じカゴにーにいれていく努力をつづけていくと、ある時点で、もうこれ以上新しいカゴが追加されない。これを、理論的飽和、という。

  • 質的研究においては、この方法は、グラウンデッド・セオリー・アプローチ、と呼ばれる。理論を生み出すための方法である。なお、この理論的飽和をいつそうなったと認識するかは、実際は難しいところ。(なお、引用の豊田先生は、新カテゴリーの出現率の低下から、飽和の度合いを表す式を提案されておられるように、(’講演参加者の方の)ブログから、読み取れました。)


より、適切な表現は、wikiのグラウンデッド・セオリーの項目にあります。ご参照ください。

(このブログのまとめに記した表現は、あくまでも、石井の口語体です。カゴという言葉は、普通学術では、使いませんし、分類の方法についても、本来は深い知的作業があります。)
posted by 石井力重 at 21:22 | 研究(創造工学)/検討メモ&資料

2014年05月31日

良いブレストは、啐啄同時が起こる

啐啄同時_良いブレスト.jpg


タイトルの啐啄は ”そったく” と読みます。

啐(そつ)は、さけぶ、という意味の言葉で、孵化する時に雛が内側から殻をこつこつとつつくさまを表し、啄(たく)はクチバシでつつく、という意味の言葉で、雛が内側からこつこつやりはじめたら、親鳥がつついて殻をわってやるさまをあらわします。同時とは、これが同時に行われることをさします。親鳥が先につついて割ってしまうと孵化の途中である命は死んでしまいます。遅くてもだめで、時宜を得た、まさに良いタイミングでなされることが必要です。

この啐啄同時のような相互関係は、良いブレストにおいても、アイデアの孵化のときに見られます。

誰かが、もやもやっとした直観から、未成熟なアイデアをいう。
他の人がそのアイデアの良い点に光を当ててコメントする。
その良い点を素材として使ってさらに発展したアイデアが出てくる。

そういう、生まれかけで、まだ力の無い、弱い存在に対して、ひっぱり出してやるようなブレストパートナーがいることで、たくさんの発想が表出化します。

良いブレスト(あるいは、アイデア・ラリー、といってもいいかもしれません)では、啐啄同時が起こるーー。

そんなことが、たくさんのアイデア創出の活動の中から透けて見えてきます。


なお、啐啄同時、ということばは過去にも見たことがあって知ってはいたのですが、最近、この言葉が心に留まった瞬間があり、覚えていて、ブレストの場で「あ、これは、相互関係のパターンとして、啐啄同時、だ。」と思い行ったのでした。

その心に留まった瞬間と言うのは、出張にでる前の夜、机の上に乗っていた、八木山南の事務局便り?的なもので、校長先生の一日が記されていたものでした。遅めの夕飯をとりながら、見るでもなく見ていると、最下部に校長先生のコラムがあり、そこで「啐啄同時」と言う言葉をつかって教育のまなざしを述べていました。

読みながら私は「なるほどー、弱い力の命が生まれようとするときに、外からつんつんつついて、生まれるのを助ける。そういう自然の摂理が実際にあるのかー」と印象に残りました。


ブレインストーミングにおいて、推奨したい心理様式(ルール、あるいは、ガイド)として、プレイズ・ファースト(アイデアの良い点に光を当ててコメントする)がありますが、これは、啐啄同時が起こる頻度を上げることをしている、とも、いえるでしょう。
 
posted by 石井力重 at 22:34 | 研究(創造工学)/検討メモ&資料

2013年05月15日

注視安定視野、有効視野、発想ツールの物理的サイズについて

安定注視野、あるいは、注視安定視野、という言葉に興味を持って少し調べてみました。


注視安定視野:

「頭部の運動が眼球運動を助けることで無理なく見ることができる範囲」とのこと。
(あくまで私の観察ベースでですが)、この範囲というのは、人が机に向かって作業しているような状態の視野に近いです。

しかし、仕事中に、深く集中している時には視野がここまで広くないように感じます。

(なお、この記事に書くことは、あくまで、デスクワークとか、竹細工職人のようなすわり仕事の技能の世界に限っての話、と限定して展開します。アスリートの場合は少し違うかもしれません。アスリートのフロー状態(ゾーンに入った状態)はとても広い周辺視野が有効に働いていると解釈できるようなことが、手記などに読み取れます。)

さて、もう少し狭い領域としては、有効視野、というものがあるそうです。


有効視野:

頭部は動かさず眼球運動だけでしっかり見ることができる範囲とのこと。

「フロー状態(没入感をともなった、深い集中をしているような時)に目に映るエリア」は、有効視野、のエリアに近いように思います。

ペンでノートに書きこむような市井の場合、のA4紙面は、有効視野の中には入ります。


創造技法では「紙は横長に」、という定説

創造技法の中には、発想ノート記法、とでもいうべきカテゴリーに分類できるものがあります。そういう技法の中で「紙(ノート紙面)を横長の向きに使え」というノウハウが出てきます。

これはなぜなんだろうか、と、ずっと不思議に思っていました。その根底的なメカニズムの存在についてはいまだわからないものの、確かに横長の方が、ゆらゆらと立ち上る曖昧な創造思考の受け止めがなされやすいなぁとは、思っていました。

専門家が推奨することにより起きてしまう心理影響、プラシーボ効果のようなものも当然考えられますが、それを差っ引いてもやはり、効果がある、ような気がします。

注視安定視野と有効視野について、調べてみたことで、少しヒントが見えたような気がします。上記では、数字を明確に書いていませんが、最下部に記した文献を見ると、注視安定視野も、有効視野も、視野は、横に長く、縦には短い、という特徴があります。そのレベルの視野で見ているのかに寄らず、そのレベルの視野を有効に使うには、対象物が横長の方が良い、ようです。

この辺については、今後、さらに詳しい知見を集めて、紙面形状とCreative Thinkingの関係について、一歩踏み込んで考えてみたいと思います。


実験のアイデア

縦長い紙、横長の紙、極端に広い紙、すごく狭い紙、丸い紙、などを用いて、被験者にアイデアを書きだしてもらう、という実験もしてみたいです。

紙面の形状が発想作業に及ぼす影響、については、今の時代だからこそより面白い可能性を持っているように思います。



長く述べましたが、従来、ノウハウとしてアイデアを書く時には紙を横長に。というのは、すこしそれに対して幾ばくかの援用材料になりそうなものがあるのかもしれません。多分、視野の話と、人間の認知負担の話の両方から、するべき議論なのかなと思いますが。

経験則の範囲を出ませんが、創造活動、という未踏領域の闇を照らす一つの雑談としてメモしておきます。


余談(発想ツールのサイズ)

視覚特性に関する知見は、発想支援ツールを作り出す時に、積極的に活用すべきものかもしれません。

テーブルゲーム風コンテンツをワークショップで使う事例が増えました。

ボードのスペック、カードスペック(と、手札カードを並べるエリアサイズ)、には、注視安定視野を意識すると、面白い道具が考案できるかもしれません。

ワークシートも然りです。

使いにくさ、発想しにくさ、が強い時には、コンテンツの内容だけじゃなく、紙面の物理的な面積を変更してみるのもいいかもしれません。


余談2

カードを並べて使う場合は、横長に並べることができるように、カード自体は縦長のデザイン、であるほうがいいのかもしれません。

いろんなカードを試作しますが、横長の場合は、並べて使うと、あまり枚数が置けません。

無理をすれば横長におけますが、有効視野にあたるエリア内におまらず、一覧性がそこなわれるような、感じがします。



※調べもの時のメモ

コクヨ (SlimB5ノートのサイズ、その設計思想)
日本財団 図書館
 

2013年05月14日

「プレイズ・ファースト」の本質は「良点発見」_(ブレインストーミングのルール+α)

昨晩はずっと、ブレインストーミングの4つのルール、及び、後年、オズボーンの流派の人々が蓄積していく知識の中で見出した「プレイズ・ファースト」について、俯瞰的に考えたり、ミクロに考えたりしていました。

オズボーンの作ったブレインストーミング。その4つのルールというのは、

ブレストの4つのルール(アイデアスイッチの付録シート).jpg
 ( 拙著 『アイデア・スイッチ』のダウンロードサイト より)

なのですが、いつも、ワークショップや講義で紹介するのは、ブレストの4つのルールににくわえてもう一つ、「Praise First(プレイズ・ファースト)」を心理様式として持っていてほしい、と。

プレイズファーストは、『創造的問題解決』においては直訳的に「先に褒めよ法」と書かれています。意味を補って述べるならば、「アイデアに対して、心配な点と良い可能性の両方が浮かんだとしても、萌芽的な時期、アイデア創出の初期段階では、プレイズ(褒める)ほうを先にせよ。」というもの。

特にプレイズファーストの心理様式の真髄が現れているのが、アイデアの強化作業「PPCOプロセス」です。このワークでは、懸念事項の列挙とそれへの対策案立案をしますがそれに先立って徹底的に、アイデアを褒める、ということをします。この本質は、初期状態の揺れ動くアイデアがもつ良い潜在可能性を最大に見積もる行為です。

なので、より平たく言えば「誰かの(自分のも含め誰かの)アイデアの良い所に光を当て、それをコメントする」というのが、プレイズファーストのより本質的な説明です。

特に、私の行うワークショップでは、その場にとっての初回のブレストでは、4つもルールがあると重苦しくなるので「プレイズ・ファースト」だけを唯一の場のルールにして、創造的な話し合いの場を醸成する、ということをします。


さて、述べたいことの中心に進みます。

上に掲げた図のような、「一言表題」&「手短説明」のスタイルをするならば、プレイス・ファーストとは、なんだろうか、と。

沢山、候補をあげてみて、表現の平易さや、多様なブレストでの適応を鑑みると以下のものに落ち着きました。

  • プレイズファースト
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━
    良点発見
    アイデアの良い点を探し出そう
    (誰かのアイデアの良い所に目を向けて、それをコメントしよう)

ただ、これに決めるまでに、悩みました。”良い所”、を、短く表現すると、意味的には、良点(りょうてん)、なのですが、こういう言葉はあまり使われません。言い換えるなら、利点、長所、なのですが、長所発見、というのは、すこし意味合いがねじれてしまいます。萌芽的なあいまいなアイデアの長所をさがせ、と言われた場合、それはやや確立されたものを求めるような雰囲気が醸されます。良い所を探す、というのは、よりプリミティブな、ふんわりしたものを許容するような表現であり、やはり、その表現を取りたいと思いました。ですが、良所、と短縮してしまうと、観光名所かのような、グッドプレイス、という感じになりますので、グッドポイント、にあたる表現として、良点(りょうてん)を採用しました。


それらを踏まえたバージョン「ブレインストーミングの4つのルール+α」のシートを作りました。

ブレストの4つのルール+α.jpg
 ブレインストーミングの4つのルール+α.pdf

なお、図の中では、赤(判断遅延)から紫(良点発見)に向けて点線がついてます。

すこし複雑な話しになりますが、文献を紐解くと、オズボーンは「プラス側の判断、特に、賞賛については良い効能がある」と考えていたことが分かります。

オズボーンの考えとしては、判断遅延という行為は、ポジティブ側の判断はOK、ネガティブ側の判断はある時点まで遅延しよう、というものでした。

なので、そこまでを深く表現するならば、「判断遅延」というルールは「ネガティブな判断は遅延しよう。賞賛(いうなれば、ある種のポジティブな判断)はしよう。」になります。ですが、これでは長すぎます。

前者にフォーカスした表現にすると「批判禁止」になります。
後者にフォーカスした表現にすると「アイデアを褒めよう」になります。(≒プレイズファースト)

なので、赤と紫は独立ではなく、紫の方がより、根底思想に近いものになります。
とはいえ、完全に包含の関係ではありません。

それを鑑みて、ブレストの原典表現といて、赤、黄、緑、青、と記したうえで、赤、のより一歩踏み込んだ表現として、紫、を付けました。

・・・矢印の意味としては以上です。


大学院博士課程から今に至るまで、さまざまなアイデアワークショップやアイデア会議を何百回としてきて経験則的にわかる事があります。それは、ブレストにおいて、「禁止規則」の形をとっているものは場の活力を引き出しにくく、「推奨行動」の形をとっているものの方が活力を引き出しやすい、ということです。批判禁止、や、判断遅延、というのは、おもわずやりそうになるのを ”うっ” と踏みとどまらせる、という効果です。それはそれで良い点も多いのですが、「じゃあ、ネガティブな判断をするなってのは分かったけれど、逆に、これをせよっていう推奨事項として表現できないのか」という心理様式になります。(これは、全くルールのわからないゲームに放り込まれて、してはいけない禁止事項だけが提示された状況を想像してもらえると分かります。そこで思いっきり動ける人はかなり豪胆な人です。そういう人ばっかりだと、ブレストのルールでもって場の創造性の助長をはかることもありませんけれども。)

上記のシートは、近い将来、修正を加えるかもしれませんが、現時点でのベストとして、ここに掲載しておきます。

2012年12月30日

資料メモ「ポジティブ心理学」

今は便利な時代です。

長い休みに入り開発没頭しているのですが、休憩がてら、新しい知識のために、授業をオンラインで見ています。昔であれば、社会人学生として手続きをして試験を受けて通って・・・となっていたのが、ずいぶんな違いです。授業で見たこともメモしておいて、関連情報を検索すれば、TEDのビデオがあったり、本がさがせたり。もう少しすると、社会人が文献としてすぐに見たい本ほど、電子書籍ですぐに手に入るようになるのではないかと、思います。

今日はポジティブ心理学、について、大きなダイジェストの中の一部で言及されていて、前々からすこしちゃんと向き合おうと思っていたものでした。開発メンバーの中の心理学の教授や、韓国訪問時の朴教授らも、言及していましたので。

ダイジェストの中で知ったことをメモします(例によって、記憶のフィルター経由です。正確さに欠いています)

ポジティブ心理学。心理学者Martin Seligman(マーティン・セリグマン)が、アメリカ心理学会の会長だった時に、提唱し展開してたもの。世界大戦以前の心理学は、広かったがそれ以降のものは、人の心の弱い所や問題を専門に研究してきた。人々がより幸せになるための部分についての心理学をテコ入れしよう。ということで、ポジティブ心理学、という研究領域が発展。


以下、周辺的な情報として、ネット上で調べてみた、情報密度の高い所を挙げておきます。

・・・

TED

マーティンセリグマンポジティブ心理学 | Video on TED.com


ペンシルバニア大学のセンター長をしているセリグマンらのサイト(診断機能あり)
http://www.authentichappiness.sas.upenn.edu/Default.aspx

wikipedia
日本ポジティブ心理学協会
http://www.jppanetwork.org/JPPA/about.html


〜Books〜

参考書籍として講義中にたぶんこれを持っていたと思われる本
ポジティブ心理学―21世紀の心理学の可能性

他、面白そうな本

幸福優位7つの法則 仕事も人生も充実させるハーバード式最新成功理論 (シェーン・エイカー)
フロー体験入門―楽しみと創造の心理学(チクセントミハイ)
世界でひとつだけの幸せ―ポジティブ心理学が教えてくれる満ち足りた人生(セリグマン)

ポジティブ心理学は、「幸せ」に対して光をあてるので、何度なく本のタイトルが「あやしげ」感を醸しますが、多分、一番上にあげた本は手堅いと思われますし、そのほかの本も、その道で有名な研究者の本であり、良いものだと思います。

→ ポジティブ心理学協会のサイトに、推奨図書一覧がありました。
こちら

・・・

そういえば、過去のメールを拾うと、今年の2月、高橋興史さんが、ポジティブ心理学協会主催のイベントをされていました。

2012年12月29日

知能。流動性と結晶性

冬休みは、勉強のシーズンでもあります。知っていくことを書きとめていく、学生時代ライクなブログの運用も、この長い休み期間ならではの使い方です。

印象に残ったことをメモしておきます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━

知能には、二種類のものがある。流動性知能、と、結晶性知能
それらを総合したものが従来の知能として表現されていたもの。


流動性知能。これは、新しい環境への対処の能力など。幼児期からどんどん伸びていき成人になる前にピークを迎え高齢に向かってずっと降下していくもの。
結晶性知能。これは、積み上がっていく経験からくる能力など。幼児期から成人期に向けてどんどん伸びていき、それ以降も、ずっと徐々に伸びていくもの。

この2つの足し算のカーブとしては、幼児期から成人期にかけてぐんぐん上がるカーブが成人期をピークに下降していくカーブへとつながっていく。従来の知能の考え方は、この曲線をみて、知能が下がるばかりという図になっていたが、ミクロに見てみると、結晶性知能、という点では、人は高齢になるに従い上昇し続ける知能領域がある、と言える。

━━━━━━━━━━━━━━━━━

この概念は、実社会の「老いてますます能力の高い人物」を説明する時にとてもよくマッチしています。企業などで、多くのベテランの方は、ご謙遜されつつ「最近、年齢のせいか、頭が固くなりまして。」とおっしゃられるのですが、仕事のクオリティなどは、それこそ若手が到底及ばない水準のことをされ続けていたりします。

上記のモデルで言えば、理屈としても合点がいきます。加齢に伴う「流動性知能」の低下、つまり、新しい環境にあてはめて考えていくようなことは確かに、衰えとしてあり得るのかもしれず、かつ、一方で加齢に伴う「結晶性知能」の上昇、つまり、経験からくる高い技能や思考力は、後人には及ばぬレベルに上っていく。もちろん、個人差はあります。体のキツサはさっぴくとして、新しいことに次々飛び込んでいこうとするような、流動性知能に近いことを老いてますます盛んにしていく方もおられます。なので、必ずしも、皆が皆、上記のようなカーブに乗って知能が遷移するわけでもないかもしれません。

私はいま39歳ですが、総合的な知能カーブから言えば、ピークから20年ぐらいがたったわけですが、昔から流動性知能が低かったようにも思うのであまりその点で変化があったようには思えませんが、結晶性知能については、いろんな分野を学び、専門家の友人も増え、多様な業界に仕事でよんでもらえて、情報量の増加幅は年々増えていきます。その意味では、何かのブレストに参加していても昔よりも非常にたくさんの発案が湧き出てくるし、引用できる関連事項も増えているように思え、確かに、結晶性知能、という側面があるな、と感じます。

(ただ、有限の脳の能力域を、より多くの部分をクリエイティブシンキング系のものに割り当てる改修工事が常に行われているもののプラットフォーム全体は徐々に狭くなってきている、ということもあるかもしれません。若いころに身に着けた商社での仕事の仕方のうち何割かは、いま、意図的に再現しようとしても難しくなっていますし。)

印象に残った学びと、そこから想起することは、以上です。

いろいろ不確実なことを書いたのですが、一つここから抽出しておきたいことは次の事です。

”年を取ったから、頭の能力が全領域的に衰えていく、そりゃ仕方ない。自然なことだ”と開き直るなかれ。”天寿を全うするその最後の日まで、脳のある領域の能力は、伸び続けていくのだ。”という信念に近いものをもって、成長する人生の坂道を上るように生きていくのが良さそうだ、ということです。

出来ぬとことへスマートなエクスキューズ、怠惰への免罪符、を手に入れてしまって、久しく力を使わなければ、いざという時にすっかり失っている。人間とは、伸びて実りて最後に種に戻るような、存在だと思いますから。
 



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