8月18日。FiveBridgeにかかわる各団体のリーダーが集まり、定期的な清掃と、運営に関する会議をしました。私も参加。
今回は、ポリシーの今一度、描き出しなおそう、というのがメイン。
参与観察者としての視点で、私見踏まえて述べたいと思います。
FiveBridgeはそのモデルの原型をサッポロにあるビズカフェにしています。こうしたモデルは地域に高く望まれる大事な機能、であると同時に、利益モデルがなかなか描けず、日々の努力で継続を、というケースが往々にしてあります。仙台とて、然り。
船を力強く前へ進めるには、今一度、目的地を明らかにする。
そして、そこに向かって航路を検討する。実行する。が次のアクションになります。今日はその「目的地」の明確化。
また、この場がどういう場であるのか、というのを各人が説明する口ごとに、異なる。こういう無いものを作った場合、それを各人がどう表現するかは、まちまちになりますから。
決して船出のタイミングに目的地が無いわけではなく、ありました。しかし、それは、まだ、洋上に出る前の、船を港町で建設していたときのこと。そのころの目的地は「進路を北に目指し可能な限り進む」というトーンのもの。今回は、洋上にいます。その上での目的地の会議です。随分まえと検討の深みを考慮する材料があります。
まず、船が既に洋上にいます。また、この船の大きさ、どれくらいの巡航能力があるかも、みえてきました。まだまだ引き出せるし、引き出さないといけないのも確かですが。
そして、これからこの船が向かえるであろう恩恵の風。もちろんそれは、メンバーの中からある動きをして努力した人がいるから。その恩恵の風を、帆一杯にうけるとしたら、今の船は一段上の巡航能力を持つでしょう。その意味でも。
また、洋上に出てみると、船の操舵を実際にいつも握る人が必要です。洋上できめた目的地がアバウト。そうすると、はじめはいいとしても、操舵者は、抽象的には操舵できません。具体的にしか、舵はきることができないので、困ります。
そういう時期に来たのだと思いました。
さて、ポリシーを再度、明文化。
これは比較的ばらけていた。そしてそれをバシッと真ん中決めて、明文化。
そんな会議となりました。
そのほか、収益モデルについても、やはり、見直し。より積極化するためには、高くするのか低くするのか、あるいは、別の方法を選ぶのか。そんな議論です。重要であり具体的でなければならないこの会議。
とはいえ、無い袖は触れないし、単に収益第一ならば、もっと違うことをしたほうがいいわけで、この場の理念・使命をつらぬくならば、まだまだ、努力と試行錯誤の打ち手の日々は続きそうです。
打ち上げたロケットで言えば、まだまだ、引力圏内を燃料を費やしながら上昇する時期だと、言えそうです。安定軌道に入るまでは、エネルギーカットしては、失速してしまいます。ぜひ年内くらいには、安定軌道に入れるように、メンバー一同、知恵と実行の2つのエンジンで、昇りたいと思います。
2007年08月18日
2007年03月24日
youtubeよりお伝えします(ブログロック)
3月24日。Five Bridgeではブログロックが開催されています。私は参加できないので、youtubeで動画をお伝えします。
いろんなことをしている石井ですが、その根底にあるものをお話しています。3分24秒。
2007年02月16日
見えないところで支援・応援。それを粋で返す人。
2月16日。今日はFive Bridgeについてちょっと変わった形で参与観察することになりました。
私自身がある地域産業ネットワークの委員に参加させてもらっているのですが、その用事があったために、ある「超ベテラン経営者」の方と「若手かつこの地域の未来を創る若きリーダー(経営者)」のお話し合いの席に同席。普段のFive Bridgeは、実は非常に多くのご支援を、それもその場にいる人には見えない形でご支援をいただいているのだと、切実に実感しました。
そして現場で体を張っている若いリーダーがいる。そのことにもちょっぴり感動しました。その様子は現場にはほとんどおくびにも出しません。こういう人がいるからこそ、誕生することができた貴重な空間なのだ、と素直にそう思います。本当にありがたいことです。幾重にもそういう「思いや縁の下の力持ち」が折り重なってできています、Five Bridgeは。
さてさて、困難さは、創造性を引き出します。Five Bridgeが優秀な軌道へとうまくその軌道を移していけるのか、あるいは、四苦八苦のうちにどこかにたどり着くのか、これはまた、大変予測しがたい興味深い問題です。少なくとも一年後、今日の同じ方々が同じ会話をしていることはありえません。
地域を拓く。楽しくもあり、リスクテイクでもあり。ここはいっちょ、いくしかありません。いくぞ!野郎ども!と、情熱や高邁な精神に加えて、荒々しくも目的を達成するあらぶる魂がやどる時期がくるかもしれない、個人的にそんなことを感じました。
私自身がある地域産業ネットワークの委員に参加させてもらっているのですが、その用事があったために、ある「超ベテラン経営者」の方と「若手かつこの地域の未来を創る若きリーダー(経営者)」のお話し合いの席に同席。普段のFive Bridgeは、実は非常に多くのご支援を、それもその場にいる人には見えない形でご支援をいただいているのだと、切実に実感しました。
そして現場で体を張っている若いリーダーがいる。そのことにもちょっぴり感動しました。その様子は現場にはほとんどおくびにも出しません。こういう人がいるからこそ、誕生することができた貴重な空間なのだ、と素直にそう思います。本当にありがたいことです。幾重にもそういう「思いや縁の下の力持ち」が折り重なってできています、Five Bridgeは。
さてさて、困難さは、創造性を引き出します。Five Bridgeが優秀な軌道へとうまくその軌道を移していけるのか、あるいは、四苦八苦のうちにどこかにたどり着くのか、これはまた、大変予測しがたい興味深い問題です。少なくとも一年後、今日の同じ方々が同じ会話をしていることはありえません。
地域を拓く。楽しくもあり、リスクテイクでもあり。ここはいっちょ、いくしかありません。いくぞ!野郎ども!と、情熱や高邁な精神に加えて、荒々しくも目的を達成するあらぶる魂がやどる時期がくるかもしれない、個人的にそんなことを感じました。
2007年01月29日
半年の成果と見えてきた取り組み。
1月29日。Five Bridgeの中心メンバーによる「FiveBridgeをどう運営するのか会議」がありました。

司会は一馬さん。これまでの使い方を各人が報告し、それをもとに、運営方法のヒントやら課題点やらを顕在化させていきます。

それぞれの思いの多様性を許容する懐の広さもつデュナミス。そのデュナミスが受け皿なればこその出来事が仙台の若手の活動シーンにはいっぱい。Five Bridgeもそのひとつ、大きな、ひとつです。
ホワイトボードの2組の両面(合計で4つの面)を使いながら、3時間半の会議はそこに書き取られていきます。ここでがりがりと四角四面に進めるファシリテーションではなく、一馬氏一流のインキュベーション的議長能力が発揮されています。
この様子を見ながら、きっと、札幌、岐阜、京都、なんていう街を愛する若者たちがいる街々でも、こういう会議がおこなわれているんだろうなぁ、とふと、おもったり。そこには、その街の「一馬さん的人物」がいて、やっぱりホワイトボードにたつんでしょう。
夢で芽が出て、情熱で育て、継続していくにはビジネスとしての仕組みが必要。まわる仕組みには、人・モノ・金があらまほし。
さてさて、Five Bridgeの未来は、札幌でいうITクラスターの形成時に果たした役割に似た発展段階をたどるのか、あるいは仙台独自モデルを生み出していくのか。いつかこの発展プロセスをインタビューに来る社会科学の研究者がいたとしたなら、後世に今日の会議はなんと紹介されるのか。夢の話ではありますが、そのときの研究者の言が「ここから、FBの発展的運営がはじまったのです」となるのか「この期間は、試行錯誤を打ち出しながら、次第にノウハウの蓄積をするための苦難の時期で、その経験が後に大きく生きることになりました」となるのか。私にはわかりません。
後の世で、今日という日がどう語られたいのか、ということを考えて今日の生き方を考えてみる、なんていう発想方法もたまにはオツかもしれません。

司会は一馬さん。これまでの使い方を各人が報告し、それをもとに、運営方法のヒントやら課題点やらを顕在化させていきます。

それぞれの思いの多様性を許容する懐の広さもつデュナミス。そのデュナミスが受け皿なればこその出来事が仙台の若手の活動シーンにはいっぱい。Five Bridgeもそのひとつ、大きな、ひとつです。
ホワイトボードの2組の両面(合計で4つの面)を使いながら、3時間半の会議はそこに書き取られていきます。ここでがりがりと四角四面に進めるファシリテーションではなく、一馬氏一流のインキュベーション的議長能力が発揮されています。
この様子を見ながら、きっと、札幌、岐阜、京都、なんていう街を愛する若者たちがいる街々でも、こういう会議がおこなわれているんだろうなぁ、とふと、おもったり。そこには、その街の「一馬さん的人物」がいて、やっぱりホワイトボードにたつんでしょう。
夢で芽が出て、情熱で育て、継続していくにはビジネスとしての仕組みが必要。まわる仕組みには、人・モノ・金があらまほし。
さてさて、Five Bridgeの未来は、札幌でいうITクラスターの形成時に果たした役割に似た発展段階をたどるのか、あるいは仙台独自モデルを生み出していくのか。いつかこの発展プロセスをインタビューに来る社会科学の研究者がいたとしたなら、後世に今日の会議はなんと紹介されるのか。夢の話ではありますが、そのときの研究者の言が「ここから、FBの発展的運営がはじまったのです」となるのか「この期間は、試行錯誤を打ち出しながら、次第にノウハウの蓄積をするための苦難の時期で、その経験が後に大きく生きることになりました」となるのか。私にはわかりません。
後の世で、今日という日がどう語られたいのか、ということを考えて今日の生き方を考えてみる、なんていう発想方法もたまにはオツかもしれません。
2007年01月14日
25人のブログロック。
1月13日に仙台は、Five Bridgeで開催されたブログロックフェスティバル。
その参加者は飛び入りもあり、25名のリレートークとなりました。その様子は、現場からリアルタイムでブログ更新をしてくれた渡辺一馬さんのブログから見ることができます。
http://1uma.jugem.cc/?day=20070113(1/2)
http://1uma.jugem.cc/?page=1&day=20070113(2/2)
その各人の言及したことにはさまざまなメッセージありました。私なりに情報抽出をして、25マスにまとめてみました。「俺の話を聞け!」というロックでソウルな言葉を感じ一文字で切り取るのは無理がありますが、全体を通したトーンが感じてもらえれば幸いです。

思いの、周期律表。
追記
一馬さんのまとめが、あります。
http://1uma.jugem.cc/?eid=583
思いの周期律表も、採用していただいて。
その参加者は飛び入りもあり、25名のリレートークとなりました。その様子は、現場からリアルタイムでブログ更新をしてくれた渡辺一馬さんのブログから見ることができます。
http://1uma.jugem.cc/?day=20070113(1/2)
http://1uma.jugem.cc/?page=1&day=20070113(2/2)
その各人の言及したことにはさまざまなメッセージありました。私なりに情報抽出をして、25マスにまとめてみました。「俺の話を聞け!」というロックでソウルな言葉を感じ一文字で切り取るのは無理がありますが、全体を通したトーンが感じてもらえれば幸いです。

思いの、周期律表。
追記
一馬さんのまとめが、あります。
http://1uma.jugem.cc/?eid=583
思いの周期律表も、採用していただいて。
2006年12月23日
Five Bridge ディレクター
ディレクション(direction)。いろいろな意味を持ちます。
方向、 範囲、指揮、 命令、指図、指導、使用法。
今日はFive Bridgeの創設メンバーのざっくりとしたミーティングが行われていました。この空間を、どのように軌道に乗せるか。どういう方向へ導こうとしているのか。どういう(範囲の)ことをするのか。
そんな彼らに位置づけをつけるとしたら、「Five Bridge ディレクター」だとおもいます。カンパニーではないので、マネジャー(経営者)とは違うんですが、それでも、組織を引っ張っていく人たちです。それを一言で表現するならば、ディレクター、だろうとおもいます。
彼らの議論に参加させてもらいながら、今のこの場は、燃料をどんどん消費しながらまわっているような感じだとおもいました。まずは、ゼロからロケットを作り、完成しました。打ち上げてある高度まであがりました。ここまでのがんばりは各人の努力によるものです。軌道を描きながら回っているは回っています。ですが、持続可能な安定軌道とはちがいます。まだ、引力のほうが強く、ある種の燃料を沢山つかいながら飛行姿勢を維持している、そんなフェーズにありそうです。
すこしアナロジーをつづけてみます。安定軌道に入るためには、大きく分けて2つの選択肢があります。まず、今の軌道を早いスピードで回ること。2つ目は速度はこのままでより高い軌道(円周が長い軌道)に入ること。この場合、それが何を意味しているかは、自明ではありませんが、いくつかの示唆がありそうです。
なお、このアナロジーで言えば、1の選択肢のためには、進行方向への力をかけることが必要です。2の選択肢のためには、軌道の高さをあげるために進行方向とは垂直(外側)に力をかけることが必要です。
思えば、Five Bridgeは、今年の6月下旬、梅雨の上がったころに稼動開始しました。あれからちょうど半年。組織というものは、立ち上げて半年もすると次第に作り出した場のメカニズムを把握することになるのだと気がつきました。
立ち上げの当月翌月はまだまだ日々が前例の無いことばかり。
3ヶ月4ヶ月目はようやくなれて「繰り返すことができるもの(=運営システム)」が描かれ始めます。
5ヶ月6ヶ月目は、そのシステムの運用を基盤に、成長・継続していくための改善案が出てきます。このころになると、立ち上げの際に参考にしたよい先例を、また違った視点(一つレベルの上がった視点)で眺めることになります。
参与観察。当事者であり観察者である。そういう手法なわけですが、こと、このFive Bridgeは、「地域を活性化する若者たち」というテーマにおいては興味深い対象だと思います。この先、どういうストーリーが展開するのでしょうか。引き続きご報告したいと思います。
方向、 範囲、指揮、 命令、指図、指導、使用法。
今日はFive Bridgeの創設メンバーのざっくりとしたミーティングが行われていました。この空間を、どのように軌道に乗せるか。どういう方向へ導こうとしているのか。どういう(範囲の)ことをするのか。
そんな彼らに位置づけをつけるとしたら、「Five Bridge ディレクター」だとおもいます。カンパニーではないので、マネジャー(経営者)とは違うんですが、それでも、組織を引っ張っていく人たちです。それを一言で表現するならば、ディレクター、だろうとおもいます。
彼らの議論に参加させてもらいながら、今のこの場は、燃料をどんどん消費しながらまわっているような感じだとおもいました。まずは、ゼロからロケットを作り、完成しました。打ち上げてある高度まであがりました。ここまでのがんばりは各人の努力によるものです。軌道を描きながら回っているは回っています。ですが、持続可能な安定軌道とはちがいます。まだ、引力のほうが強く、ある種の燃料を沢山つかいながら飛行姿勢を維持している、そんなフェーズにありそうです。
すこしアナロジーをつづけてみます。安定軌道に入るためには、大きく分けて2つの選択肢があります。まず、今の軌道を早いスピードで回ること。2つ目は速度はこのままでより高い軌道(円周が長い軌道)に入ること。この場合、それが何を意味しているかは、自明ではありませんが、いくつかの示唆がありそうです。
なお、このアナロジーで言えば、1の選択肢のためには、進行方向への力をかけることが必要です。2の選択肢のためには、軌道の高さをあげるために進行方向とは垂直(外側)に力をかけることが必要です。
思えば、Five Bridgeは、今年の6月下旬、梅雨の上がったころに稼動開始しました。あれからちょうど半年。組織というものは、立ち上げて半年もすると次第に作り出した場のメカニズムを把握することになるのだと気がつきました。
立ち上げの当月翌月はまだまだ日々が前例の無いことばかり。
3ヶ月4ヶ月目はようやくなれて「繰り返すことができるもの(=運営システム)」が描かれ始めます。
5ヶ月6ヶ月目は、そのシステムの運用を基盤に、成長・継続していくための改善案が出てきます。このころになると、立ち上げの際に参考にしたよい先例を、また違った視点(一つレベルの上がった視点)で眺めることになります。
参与観察。当事者であり観察者である。そういう手法なわけですが、こと、このFive Bridgeは、「地域を活性化する若者たち」というテーマにおいては興味深い対象だと思います。この先、どういうストーリーが展開するのでしょうか。引き続きご報告したいと思います。
2006年11月23日
Five Bridge設立期の紹介スライド。
11月23日。Five Bridge設立時期の観察記録を1分弱にまとめました。
写真とブログ記事をベースに、スライド動画作成ソフトで編集したものです。内容は、YouTubeで公開しています。ファイブブリッジの紹介の一助になれば幸いです。
■ちなみに
写真とブログ記事をベースに、スライド動画作成ソフトで編集したものです。内容は、YouTubeで公開しています。ファイブブリッジの紹介の一助になれば幸いです。
■ちなみに
2006年06月20日
Five Bridge に灯がともりました。
6月19日。手作りの産学官交流スペース、Five Bridgeに灯がともりました。
一週間ぶりに行ってみたらマガジンラックやカウンターの足置き台などもできていてびっくりしました。すべてもらい物とホームセンターから買ってきた木材を組み立ててできています。
ともった灯は小さいけれども、夜の中で進むべき目印となる船頭のともす灯となるはずです。今後の展開に大きく期待したいとおもいます。
追記:6月21日
河北新報に掲載されました。
http://jyoho.kahoku.co.jp/member/news/2006/06/20060621t15038.htm
2006年06月12日
Five Bridge。情報と思いの集う場所。
先日から参与観察してきた、手作りによる産学官交流スペースがいよいよ完成しました。サラリーマン、学生院生、起業家らが、買ってきた木材や合板で、休日を返上してカウンター、棚、パーティション(簡易的な間仕切壁)を作ったそうです。その様子を後で写真で見たのですがとてもみな、楽しそうでした。
そして完成後の部屋の様子を、見学してきました。とても素敵な空間に仕上がっています。半月前には何もなかったただの空き部屋がすっかりと変わっています。これならばきっと面白い交流がうまれだろうと覆います。反対の会議室スペースでは、地域の複数の大学の学生さんたちがあるプロジェクトの打ち合わせを熱心にしていました。ここはいろんな属性の人がきて、何かをつかんでいく場所になりそう、そんな気配が早くも感じられます。
今月24日には、ここでオープンイベントも複数団体合同で行いますのでぜひ皆さんご参加ください。私が副代表を務めるMMJが当日の運営を行います。お楽しみに!(その詳細紹介は翌日のブログをご参照ください。)
2006年06月01日
思いがカタチになりつつあります。
以前ご紹介したある取り組みが、途中の課題も乗り越えて、現実のものとなりつつあります。今日は一部のみですが某団体も来て実際に利用されていきました。中心メンバーの様子をのぞきにいくと、ホワイトボードにはわくわくするような完成図があり、身振り手振りで今まだないそのものを、その空間に描き出している様子が、なんとも。
強く思う。
▼
思いをしゃべる。
▼
共感する仲間を作る。
▼
賛同者とチャンスがたくさん手に入る。
この段階はまだ、「頭の中の段階」です。すべてが”なかったことに”できる段階。実際にはここから、「現実の世界に出現させる」段階に入ります。そしてそこには、あまり語られることのない壁があるのだと今回、参与観察していてよく見えました。でも、強い思いがあって、仲間がいて、計画性があって、リスクテイクする腹の据わった感があれば、そこを乗り越えることができるのだ、ということも。
リアルな契約が結ばれる。
▼
必要モノ(実在する物)がどんどん集まってくる。
▼
人の手が集まる。
今は、この段階にあります。実はこの先には、また、「手にとることのできないモノ」の部分において、もう一山待っている、そんな気がします。彼らがその山をどう乗り越えていくのか、考えただけでもわくわくするような参与観察です。地域にまたひとつ新しい活力が生まれようとしています。
2006年03月07日
複数の志しが交差し結晶化しはじめる。(共有・活動拠点の構想)
仙台での新しいことに挑戦する人々の活動を参与観察してきましたが、これが世代を超えた活動になりつつあると感じます。これまでのYさんの活動で他の世代にもそういう方がいることを感じていたのですが、本日はある活動拠点の誕生を共通テーマに世代を超えてそうした人々が集まりました。

以前からビズカフェを提唱されていた方や、若い起業家さんに机貸しをしようとする社長さん、街中に交流スペースを作ろうとされる社長さん、ベンチャー企業の経営者や、将来ハイテクベンチャーを起業しようとする院生さん、などなど。
社会性の高いマインドを持った、とある会長さんの所有するビルに、あいている一角があります。そこを活動拠点としてシェア・共有しながら、情報と人の集積・発信の拠点、ができれば、という構想をベースにこれから本格検討に入ります。あいている部屋を見せていただいたのですが、場所もなかなか素敵な立地です。適度な街までの距離。手ごろな広さ。使い勝手もなかなかよさそうな規模のビルです。
この活動がどうなるか、今後も楽しみに報告して行きたいと思います。

以前からビズカフェを提唱されていた方や、若い起業家さんに机貸しをしようとする社長さん、街中に交流スペースを作ろうとされる社長さん、ベンチャー企業の経営者や、将来ハイテクベンチャーを起業しようとする院生さん、などなど。
社会性の高いマインドを持った、とある会長さんの所有するビルに、あいている一角があります。そこを活動拠点としてシェア・共有しながら、情報と人の集積・発信の拠点、ができれば、という構想をベースにこれから本格検討に入ります。あいている部屋を見せていただいたのですが、場所もなかなか素敵な立地です。適度な街までの距離。手ごろな広さ。使い勝手もなかなかよさそうな規模のビルです。
この活動がどうなるか、今後も楽しみに報告して行きたいと思います。










